シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
「与作」
「与作」
  今年1月下旬から1カ月の入院をとおして学んだことの1つは、歌を歌い、聞くことの楽しさと歌の持つ力です。入院中のある日曜日の午後、小さな携帯ラジオのスイッチを入れると、ジェロさんが「与作」を歌うというのです。歌のなかのパーカッションもカラスの声もすべてジェロさんが自分の声で表現しているすばらしい「与作」に感動しました。
  実は、何十年も前に「与作」を聴いたことがあります。私は売布の黙想の家にいく電車の中でした。途中の駅から2人がけの私の隣の席に、小学校2年生ぐらいの男の子がすわりました。そして、どうも私の気を引きたいらしく、私にみえるように自分の胸に大きく孤を描いて十字をきるのです。次には紙を出して教会の絵を描きます。とうとう「教会に行っているの」と声をかけずにはいられなかった私に、彼はりっぱな鳥の絵もかいてくれ、「歌を歌ってあげる。」といって、「与作」を歌い始めました。車中は、思いがけなく静まり返って、余情を込めて、朗々と響く彼の歌声に聞きほれたようで、最後には拍手さえ湧きおこったのです。
  すぐ、彼が下車する駅がきて、私がお菓子をあげようとすると、「お気持ちだけで結構です。」といって、降りていきました。今思えば、彼は歌手になるレッスンの帰りだったのかも知れません。今、大勢の人々に喜びと力を与えている歌手の誰かが、彼かも知れないと思うのです。
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地震
地震災害の報道を見る度に20年ほど前、テレビで見たイタリアの地震災害救出時の様子を思い出します。瓦礫の山の中に、埋まっている人を見つけたらしく救出隊の人が大きな声で言っていました。「おばあさん、今助け出すから待っていてね」と。すると瓦礫の山の中から返事がありました。「もういいよ、ここにいるよ。このままがいいよ」と。それを見ていた私達は思わず笑ってしまいました。きっと倒れた建物が作り出した空間に体が納まっていたのでしょう。激しく恐ろしい揺れを体験したおばあさんにとっては、また恐ろしい揺れを体験するかもしれない外、広々とした地上に出るよりその暗く狭い空間の方を安全と感じたのでしょう。それほど怖い体験だったのでしょうが。
新しい状況、未来に不安を感じ、現状の中に安住固執しようしようとする人間の姿をみたようにも感じました。他人事とは思えません。
恐れることはない、私はあなたと共にいる神。たじろぐな、私はあなたの神。
あなたを強めあなたを助け、私の右の手であなたを支える。旧約聖書イザヤ書41章10節

この神の言葉を信頼したいものです
探しもの
今、持ってきた書類が見つからないのです。ハンドバッグに入れたはずの鍵がないのです。そして定期も見つかりません。ちょうど雨が降りそうだったので先ほどバッグに入れておいた雨傘を取り出そうとしましたが見つかりません。玄関と部屋を2・3回往復し、それだけでどっと疲れを感じ、外出するのが億劫になってしまいました。

最近そのようなことが頻繁に起こってきました。 バスの中で一呼吸しながら、ゆっくりハンドバッグの中を探しましたら、その中にみんな入っていたのです。自分勝手に「ない」と思い込み、心の平静さを失っていたため、見えるはずのものが見えなくなっていたのです。

ところで、救いの神秘を祝い、喜びをもって復活節を過ごしていますが、日常的な探し物をしている中でふと、私が本当に探し求めなければならないものは何かに気づかされることがありました。

私はこれまで、一番大切なものを本当に探していただろうか、また、不必要なものに執着し、本質を見極める洞察力を失っているのではないかということです。「あるはず」と断定するのではなく、何を「大切さ」の基準にし、どのような心の姿勢で探しているかと自分に問いかけました。まず、心の平静さを保ちながら、ゆとりをもって物事に臨み、それを複雑にしないことから始めようと思いました。その事柄の渦中にあるときは「探し物自体」が何であるかさえ見えなくなってしまいますから。

聖書は感動的な復活の朝の光景(ヨハネ20章11節〜18節・ルカ24章1節―8節)をわたしたちに告げています。マグダラのマリアと魂の師、イエスとの愛深い出会いです。
週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って友人とともに彼女は墓に急ぎました。見ると石は墓の脇に転がしてあり、中に入ってもイエスの遺体が見つからないのです。心が動揺し、この悲しい事態に対処する判断力がなくなっていました。やがて、庭師と彼女との問答が進行する中でイエスの方から、彼女が理解できる親しいサインを送られます。見えなくなった心の扉にそっと触れてくださる神の優しさに彼女は庭師がイエスだと即座に気づきました。イエスのなさり方の新鮮さと深さやあたたかさがジーンと伝わってきます。次第に自分を取り戻していく彼女に共感をおぼえます。

復活の続唱を反芻しながら、捜し求めるものの本質を見失うことがないよう、日常のできごとに、真摯な姿勢で臨みたいと思いました。

                
シスタージョアンナ徐 : comments (x) : trackback (x)
言葉その2
その方は社会の第一線で長年活躍した方でしたが病を得、今は歩くのもままならない状態でした。「子供はいない。妻は脳梗塞で意識が戻らないまま6年以上入院生活をしている」と話されました。言葉の端々にお二人の若かりし頃の純な愛を感じました。今は何の反応もない奥さんを月に一度尋ねるのがその方の支えになっているように感じました。
「妻が自分と結婚したことをどう思っているか知りたい」とおっしゃいましたのであなたの方から「あなたと結婚して幸せだった」とおっしゃたらどうですかと勧めました。「耳も聞こえないし何の反応もないので、通じないでしょう」とおっしゃいましたが。聴覚は最後まで働くと聞いたことを思い出し、尚も勧めました。
「病室で二人だけになる機会が無い。」「本当に通じるか確信が無い」。などでなかなか言えないようでしたが5カ月ほどたったころ「やっと言えました。通じたかどうかより、思いがけず私の心が喜びでいっぱいになり涙がこぼれました。」と晴々とした表情でおっしゃいました。

感謝や、愛情の気持ちを口にすると、まず、それを口にした当人が幸せを感じるようです。

「口の言葉が結ぶ実にょって人は善いものを享受する」。旧約聖書箴言13章2節。より。



それからは、毎回そのように言うようになったそうです。
シスターメリー・パトリシア久野 : comments (x) : trackback (x)
弁論大会
ずいぶん昔のことになりますが、当時、私が通っていた中学校では弁論大会が流行していました。

恥ずかしがり屋の私は何とかして、それを克服したいとの切実な思いを持っていました。それから解放され、人の前で自由になりたいとの思いでしたが、家族や先生にも言えませんでした。それを克服しなければとの思いは次第に強くなり、自分なりにいくつかの方法を考え出しました。具体的に、人前で朗読すること、英語の暗唱大会や弁論大会の機会を利用したり、クラスの中で、自分の思いを率直に表現するなどといった努力を重ねました。

新しい環境に慣れるに従い、いよいよ行動を起こさなければと自分に言い聞かせたものです。先ずは、公衆の面前に立つことを思いつきました。ちょうど私たちの中学校の掲示板に弁論大会の案内が掲示されました。弁論大会の出場条件として原稿を提出するという難関を突破しなければなりませんでした。弁論大会当日に話す原稿を提出し、それに合格した者だけが、講堂の壇上に立つことができ、弁士として自分の思いを述べることができるのです。毎日遅くまで寝床の中で、構想を練りました。ようやく「余暇の善用」とタイトルを決め、原稿を書き始めました。まるでアナウンサーにでもなった心地で原稿を書いたものです。 原稿を提出し、合否を待ちました。 家族の誰かに知らせるとか相談を持ちかけるでもなく、恥ずかしさを押しての単独行為に出たのです。 中学一年生の私は小さな胸を痛め、今日か明日かと合格通知を手にする機会を待ちました。結果は合格! やったあ! 一人で飛び上がりました。 

早速、練習に取り掛かりその日を迎えました。手に汗する思いでした。当日、私は中学三年生の生徒会会長の弁士ぶりに圧倒されました。彼が強調した赤十字創設者アンリ=デュナン(1828-1910)の生き方や在り方に感動したものです。青春の門口に立ち、正義感にあふれていた当時の若者たち! 人類愛の崇高さを物語った時の先輩の弁士振りは本当に圧巻でした。演台を思いっきり数回たたくのです。 本当に感動しました。 私もここぞと思うところを決め、演台を一度だけたたきました。その時を思い出すごとに可笑しさがこみ上げてきます。

新学年度をスタートした学生に出会うごとに、「ガンバレ」とエールを送りたくなります。
シスタージョアンナ徐 : comments (x) : trackback (x)