シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
「心の中の天使」
「心の中の天使」
  大型の21号台風がきた朝、私は通っている病院でのリハビリの予約がありました。京都市内のすべての学校もお休みになり、デパートさえも閉まり、ラジオもテレビも、早くから外出をひかえるようにと告げています。朝、まだ雨も風もなく、地下鉄もいつも通りに動いているとのこと。私は迷ったすえ、リハビリに行くことにしました。地下鉄もエレベーターもバスもリハビリも、順調で、いつもより早く終わったのです。
  烏丸今出川から、ほとんど乗客のいない帰りの地下鉄に乗ってほっとした私の目に、車の中ほどの天井から下げられている広告に目がとまりました。中学生らしい男の子が席の必要な女性に、「私の心の中の天使が席を譲ってあげなさいとささやいたから」と、席をゆずっている様子が描かれています。私は心がなごんで、思わず微笑んでいました。
  広告の下側には、「あなたの心の中に天使はいますか。」と、書かれています。私の心の中の天使は、私にとって、すべてが順調にはこんだこと、危険な台風が近づいている今、地下鉄やバスを動かし、病院を開くために働いて下さる全ての人々、そして、私が気づいていないけれどもお世話になっている多くの人々に感謝の心を持つようにと、ささやいてくれました。
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もつれた電話コードとの対話
私の修室の電話コードが修復不可能と思えるほどにもつれてしまいました。

今日こそ,その電話コードを直そうと決心はするのですが、実行には至りませんでした。そうこうしているうちに一つのインスピレーションが沸いてきました。もつれさせてしまったのはまぎれもなく、私自身だと言うことです。気が付いた時点ですぐに電話コードを丁寧に修復していればストレスをためることもなかったのです。

神、自分自身そして人と人とのもつれ等も同じなのではないでしょうか。本当は簡単に解くことが出来るはずですのに、それを後へ後へと引き伸ばした結果、複雑にもつれてしまったのです。私の決断力と実行力の不足がそうさせていたのです。そう思いますと、そのもつれを早く解決しなければとの焦り、反省とともに修復決行の決意を新たにしました。

ある晴れた日曜日の昼下がり、思い切って、もつれた電話コードと格闘しました。先ず、問題の電話コードと真正面から向き合い、もつれ具合を観察しました。よくもまあ、こんなにひどくもつれたものです。一つ一つのもつれを、時間をかけ順にほどいてゆきました。こちらをほどけばあちらがもつれ、そうこうしているうちに、もつれを修復する作業が楽しくなってきました。幾重にも絡みあった電話コードが次第に元通りになり、扱いもスムーズになってきました。気が付いてみると汗びっしょり!丁寧に扱わなかったことを電話コードに何度も詫びました。

現在、私の修室の各種の線は見た目にもきれいに整理され、使用するのも簡単で、電話コードを見るたびに「大丈夫」と言い、にっこり微笑みかけています。
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「愛をこめたから」
「愛をこめたから」
  時おり、修道院にママといっしょに遊びにきてくれる5歳の男の子の幼稚園でも、「夕涼み会」がありました。年長さんたちの夏の年中行事とのこと。
  その日の午前中、年長さんたちは、ニンジンやジャガイモを切って、先生方といっしょに夜のごちそうのカレーライスを作りました。いよいよ夜になって、女の子たちは浴衣、男の子たちは甚平すがたで幼稚園にあつまって、皆でいっしょにカレーライスをたべ、宝さがしをし、花火をたのしみ、最後に、花かざりやレイをつけて、フラダンスをおどりました。先生たちも、パパやママたちも、おどりにくわわりました。子供たちのお気にいりは、声をあげて縄をなげるカウボーイになるところ。最後は子供たちの元気な投げキスで、広間はたのしい笑い声につつまれました。帰りの車のなかで男の子はママに「今までに食べたカレーライスのなかで、今日のが一番おいしかった。ニンジンやジャガイモを切るとき愛をこめたから」と、うちあけました。
  この世界に生まれでる全ての子供たちが、仲間たちや多くの大人たちと心の底から楽しんだ思い出を持つことができるようにと、心から祈ります。
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魔法の西瓜
果物の中でも夏を象徴する西瓜が食卓に上るたびに、私は夏休みも殆ど終わりに近づき、泣きべそをかきながら宿題に追われていた頃のことを懐かしく思い出します。

それは登校日が迫っていた8月下旬のことでした。ラジオ体操は毎朝6時半、家の前の公園で、友人や近所のおじさん、おばさんも参加して楽しくやったものでした。体操に参加した証として、必ず「印」を押してもらわなければなりませんでした。それを数えるのも楽しみの一つでした。しかしそれ以外にたくさんの宿題がありました。五本の指にも満たない日数でどうして宿題を完成させるのかと、小さい頭と胸を痛め途方にくれていました。もう、パニック状態!しかも、絵日記帳は日付と曜日は記入しておいたのですがほとんど白紙に近い状態でした。泣きながら姉に「まだ宿題ができてないの」と訴えました。母のように優しい姉は、「西瓜も食べたわね。」と言って、私の目の前で「大傑作」と思えるほどの色鮮やかな「西瓜」の絵を描いてくれました。本当においしそうで、今もって忘れられない「魔法の西瓜」として記憶の宝庫に収められています。

花火大会や海の家その他、子供たちにとっては楽しいことずくめの夏休みがもうすぐ終わろうとしています。小中学生や高校生に出会いますと、みんな宿題はできたかなと心配になってきます。かつての自分を重ね合わせ、宿題の完成を心から応援したいと思います。

また、夏休みは、私自身の人生の宿題を着実にやっているかどうかを振り返る好機ともなっています。
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心躍る一通の封書
夏になると友人・知人から暑中見舞いや音信を問う懐かしい手紙が届きます。何気なく封筒を見た途端、その方の自筆に出会い、今その方が私の傍にいるようで幸せが広がってきます。また、素敵な切手を見ますと嬉しさも倍加し、送ってくれた方の優しさや心使いに触れることができます。

1979年(昭和54年)、7月23日を日本郵政省は「ふみの日」と制定しました。主旨は「手紙の楽しさや手紙を受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるように」ということです。しかも封書で手紙を受け取る楽しさは誰にとっても格別だと思います。特に、手書きで綴られた封書は、その方らしい人柄と持ち味がしのばれ、その方を身近に感じることができます。

2歳年下の私の妹があるとき、手紙にまつわる思いを分かち合ってくれました。「いつも手紙を出すときはその方の幸せを願い、切手に少しばかり心を配るのよ」と話してくれました。ただ、素敵な切手をいつも貼ってくれている、それだけの思いで、彼女からの便りを受け取っていましたが、彼女の細やかさや思いやりに触れ、彼女への感謝とともに、それ以後、手紙を出すときは、相手の方の幸せを願い、喜ぶ姿を想像しながら切手にも心を配るようになりました。

そう言えば、万人から愛されている聖書はまさに神から私たちへのラブレター!このラブレターを通してどれだけ多くの人々が喜びや愛を感じたことでしょう。そしてこれからも………。

今夏は、特に、永遠のベストセラーと言われる「聖書」を、思いをこめて紐解いてみたいものです。あなたには、そして私には、どのような素敵な切手が貼られ、胸をときめかせながらこのラブレターを読むことでしょう。
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