シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
ペチュニア
ペチュニア
  手術後の不安をかかえながら退院した2月末、修道院の郵便受けに私宛のうすい封筒がはいっていました。時折、花の話をするご近所の女性からで、表に「ペチュニアの種」と書いてあります。中には小さなプラスチックの袋に小さく乾いたガクが1つとヌカのような粉がほんの少し入っています。とても種とは思えません。
  1,2週間もたって、やっと蒔いてみる気になり、ありあわせの植木鉢の土のところどころに、ふりかけるように蒔いて、表面の土が乾かないように毎日、水をやりながら半信半疑でした。ところが、4月初め、土のくぼみの一カ所が青みがかってきて、いっせいに芽吹きがはじまり、やがて鉢一面がペチュニアの苗でおおわれました。すこし大きくなったものから3つの鉢に移植し、6月のはじめ、初めて純白の大きな花を咲かせ、あわいピンクから濃いピンクまでの美しい花々が毎日やさしく咲き継いでいるのです。  
  今朝、毎日新聞に、日本薬科大、薬用植物園長の船山信次氏が、「美しい花をみて、きれいと思った瞬間、花は心の薬になる」と書いておられました。このペチュニアは私にとって、ほんとうに神さまからいただいたお見舞いの花束でした。また、ビクトール・フランクルの「『信じる』ことには根拠がないが、『信じる』ことは決断であり、『信じる』ことを真実とする。」という言葉を思いめぐらす機会となりました。
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英語との出会い 「卵エピソード 上」
グローバル社会では英語が必須だと多くの人は言います。かつて英語を習いたての中学一年生だった私は思春期の真っ只中、誰しも戦後は貧しかったわけですが、リッチに過ごしたいと精神的なかっこ良さを求めていました。

小学校では担任はほとんど女の先生で全教科を習いましたが、中学生になった途端、教科別で異性の先生に英語を習ったのです。毎日のように、体に不似合いな大きなかばんに英語辞書を入れ、少しばかり大人になった気分の私。英語の先生の授業に惹かれ、予習・復習を欠かしませんでした。更に、習いたての英語を現場で応用させたい想いが募っていました。しかし、田舎に外国の方が来ることは夢のまた夢でした。

でも幼い私の夢を天が聞き届けてくれたのでしょうか。英会話の実現を夢見ていた私に幸運が訪れたのです。毎週、日曜ミサに預かる両親と教会に行くのが楽しみでした。沢山の本を借りることも出来たのですから。 聖堂に入った途端、平素とは違った華やかな雰囲気を感じました。オーストラリアから管区長神父様が視察にいらしたのです。ミサに集中するどころか、夢にまで描いた英会話のチャンスが遂に到来したのですから。「神様ごめんなさい。あなたのことを思わないで」と心で詫びながらミサの間中、神父様と英語で話すことばかり考えていたのです。ミサ終了後、早速、両親を神父様のもとに連れてゆきました。「This is my father and my mother……Nice to meet you !」身振り手振りで一気に習いたての英語を話しました。満面の笑顔を見せながら見上げるほどに背の高い神父様がとびきりやさしく頷いてくれたのです。私の英語が通じたのです!ちょっとばかり偉くなったように思いました。祖母がそばで「よくやったね」とささやいてくれました。

さて、中学生活にも慣れてきたとある日曜日、2歳年下の妹と大事にとっておいたお小遣いを使うチャンスがありました。小学生の妹と私は、教養を積み、沢山の素敵な体験をしようと幼いながらも話し合うことがよくありました。

ついに、少しばかり素敵なレストランに二人で入りました。眺めの良い明るい場所に座を決め行儀よくテーブルに着きました。おいしくて安価、しかも豪華であることが私たちのモットーです。私はメニューを見て、横文字の料理、しかもお小遣いの範囲内の「ボイルドエッグ」を指さし、妹も頷いてくれました。胸をときめかせながら待っていると、注文したボイルドエッグを「どうぞ」と言ってウェイトレスが持ってきました。その「ボイルドエッグ」を見た途端、本当に驚きました。時々食べていたあのゆで卵が、かわいい玉子用スタンドに乗せられテーブルに置かれたのです。妹と私は顔を見合わせました。 数十年過ぎた今も、その時の驚きが鮮明に蘇ってくる懐かしい「卵エピソード第一号」です。英語一年生の初体験でした。
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「与作」
「与作」
  今年1月下旬から1カ月の入院をとおして学んだことの1つは、歌を歌い、聞くことの楽しさと歌の持つ力です。入院中のある日曜日の午後、小さな携帯ラジオのスイッチを入れると、ジェロさんが「与作」を歌うというのです。歌のなかのパーカッションもカラスの声もすべてジェロさんが自分の声で表現しているすばらしい「与作」に感動しました。
  実は、何十年も前に「与作」を聴いたことがあります。私は売布の黙想の家にいく電車の中でした。途中の駅から2人がけの私の隣の席に、小学校2年生ぐらいの男の子がすわりました。そして、どうも私の気を引きたいらしく、私にみえるように自分の胸に大きく孤を描いて十字をきるのです。次には紙を出して教会の絵を描きます。とうとう「教会に行っているの」と声をかけずにはいられなかった私に、彼はりっぱな鳥の絵もかいてくれ、「歌を歌ってあげる。」といって、「与作」を歌い始めました。車中は、思いがけなく静まり返って、余情を込めて、朗々と響く彼の歌声に聞きほれたようで、最後には拍手さえ湧きおこったのです。
  すぐ、彼が下車する駅がきて、私がお菓子をあげようとすると、「お気持ちだけで結構です。」といって、降りていきました。今思えば、彼は歌手になるレッスンの帰りだったのかも知れません。今、大勢の人々に喜びと力を与えている歌手の誰かが、彼かも知れないと思うのです。
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地震
地震災害の報道を見る度に20年ほど前、テレビで見たイタリアの地震災害救出時の様子を思い出します。瓦礫の山の中に、埋まっている人を見つけたらしく救出隊の人が大きな声で言っていました。「おばあさん、今助け出すから待っていてね」と。すると瓦礫の山の中から返事がありました。「もういいよ、ここにいるよ。このままがいいよ」と。それを見ていた私達は思わず笑ってしまいました。きっと倒れた建物が作り出した空間に体が納まっていたのでしょう。激しく恐ろしい揺れを体験したおばあさんにとっては、また恐ろしい揺れを体験するかもしれない外、広々とした地上に出るよりその暗く狭い空間の方を安全と感じたのでしょう。それほど怖い体験だったのでしょうが。
新しい状況、未来に不安を感じ、現状の中に安住固執しようしようとする人間の姿をみたようにも感じました。他人事とは思えません。
恐れることはない、私はあなたと共にいる神。たじろぐな、私はあなたの神。
あなたを強めあなたを助け、私の右の手であなたを支える。旧約聖書イザヤ書41章10節

この神の言葉を信頼したいものです
探しもの
今、持ってきた書類が見つからないのです。ハンドバッグに入れたはずの鍵がないのです。そして定期も見つかりません。ちょうど雨が降りそうだったので先ほどバッグに入れておいた雨傘を取り出そうとしましたが見つかりません。玄関と部屋を2・3回往復し、それだけでどっと疲れを感じ、外出するのが億劫になってしまいました。

最近そのようなことが頻繁に起こってきました。 バスの中で一呼吸しながら、ゆっくりハンドバッグの中を探しましたら、その中にみんな入っていたのです。自分勝手に「ない」と思い込み、心の平静さを失っていたため、見えるはずのものが見えなくなっていたのです。

ところで、救いの神秘を祝い、喜びをもって復活節を過ごしていますが、日常的な探し物をしている中でふと、私が本当に探し求めなければならないものは何かに気づかされることがありました。

私はこれまで、一番大切なものを本当に探していただろうか、また、不必要なものに執着し、本質を見極める洞察力を失っているのではないかということです。「あるはず」と断定するのではなく、何を「大切さ」の基準にし、どのような心の姿勢で探しているかと自分に問いかけました。まず、心の平静さを保ちながら、ゆとりをもって物事に臨み、それを複雑にしないことから始めようと思いました。その事柄の渦中にあるときは「探し物自体」が何であるかさえ見えなくなってしまいますから。

聖書は感動的な復活の朝の光景(ヨハネ20章11節〜18節・ルカ24章1節―8節)をわたしたちに告げています。マグダラのマリアと魂の師、イエスとの愛深い出会いです。
週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って友人とともに彼女は墓に急ぎました。見ると石は墓の脇に転がしてあり、中に入ってもイエスの遺体が見つからないのです。心が動揺し、この悲しい事態に対処する判断力がなくなっていました。やがて、庭師と彼女との問答が進行する中でイエスの方から、彼女が理解できる親しいサインを送られます。見えなくなった心の扉にそっと触れてくださる神の優しさに彼女は庭師がイエスだと即座に気づきました。イエスのなさり方の新鮮さと深さやあたたかさがジーンと伝わってきます。次第に自分を取り戻していく彼女に共感をおぼえます。

復活の続唱を反芻しながら、捜し求めるものの本質を見失うことがないよう、日常のできごとに、真摯な姿勢で臨みたいと思いました。

                
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