シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
骨折
骨 折
  何か月かまえに、腰椎を圧迫骨折して、今、胸から腹部をおおう大きなコルセットをしています。日常の生活がいろいろと不自由なのですが、その1つは、道を歩くとき、体が前に進まないように感じることです。
  先日も、修道院に帰るみちすがら、体が前に進まないことをもどかしく感じていたとき、ふと、日ごろ親しい4歳半の男の子のことを思い出しました。つい最近、彼がママといっしょに訪ねてくれたとき、水泳教室で身につけようとしている泳ぎのフォームをやってみせてくれたのです。手はぜんぶの指をしっかりくっつけ、肘をのばし、足はひざを曲げないで、つま先までまっすぐにのばして、交互にうごかすこと。私も肘をのばし、指をつけて、空気を後ろにかき分けるようにすれば、体は前にすすむのではないかと思いついて、やってみると、手の平にかすかに風のふれる感覚があって、確かに、わずかながら体は前にすすむようです。
  「蝶々の羽ばたきが台風の進路を変えるという物理学の理論」があるそうで、対人地雷廃絶の「オタワ条約(1997年)」のキャンペーンが「バタフライ・キャンペーン」と言ったことを思いだしました。かすかな力ながらも結集すれば、よい流れを作ることができるという、このキャンペーンの、人間に対する信頼と希望が、私のこころをはずませてくれました。
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ナン・スタディ(修道女 研究)
「ナン・スタディ」(修道女 研究)
  私たちノートルダム教育修道女会の、75歳以上の678名のアメリカ人シスターたちが、アルツハイマー病の解明のために協力しています。「ナン・スタディ」はその壮大な研究の名前です。
  疫学のデヴィッド・スノードン博士が、私たちのある修道院を訪れたとき、大きな文書保管室があることに気づきました。シスターたちは修道院に入るときに、かならず自叙伝を書き、入会後は同じ生活をしながら、イエス様にならって社会の人々のためにそれぞれの奉仕をしますが、その記録がすべて保管されているのです。
  協力するシスターたちは、その過去の記録を提供し、身体的、精神的評価をうけるだけでなく、死後は献脳もしてほしいという、スノードン博士の願いを勇敢にも受け入れました。これは人々に大きな驚きと感動をあたえ、タイム誌やライフ誌も「愛の贈物」としてとりあげました。
  スノードン博士は、このシスターたちとの敬意と愛にあふれる交わりを、彼の著書「エイジング・ウイズ・グレイス(Aging with Grace)」にまとめました。「神様に見守られながら、すこやかに、美しく年齢を重ねてゆく老いの理想を表現した題名」と、訳者である藤井留美さんはいっています。ちなみに日本語版の題名は「100才の美しい脳」となっています。
 人間の知識をふかめ、死後も、人々の幸せのために、アルツハイマー病の解明という現代の課題に協力をおしまない、私たちの高齢のシスターたちのなかに、創立者マザーテレジア・ゲルハルディンガーの愛と革新的な精神が生きていることを、こころから誇りに思うのです。
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協働
協 働
  今年3月末、私はアメリカでのミーティングに出席するために、京都駅から伊丹空港ゆきのリムジンバスに乗っていました。窓外にうつりゆく景色をながめながら、会の主催者の友人に送ってあるビデオのことを思っていました。実は、つい最近、その友人たちが、ちょうど1年前に京都をおとずれた記念と感謝のためにと、そのときの写真をつかったすばらしいビデオを送ってくれました。今回のミーティングで日本の紹介をどのようにしようかと考えているときだったので、私もビデオを作ろうと思いたったのです。撮りためてあった四季の花々、関係のある人びと、思いつくままに、新幹線や社寺、レストラン入口のサンプルの棚などの写真をつかい、コンピューターにつよい友人のお陰で、効果や言葉、音楽もはいったビデオを友人に送ることができ、友人からは称賛の言葉をもらっていました。
  その称賛の言葉につづく、「たくさんの人びとの助けがあったことでしょう」という言葉を思いだし、「たった二人でつくったのだ」と、誇らしく思いながらも、それだけではないと感じました。コンピューターにつよい友人がいて、私の願いに心をうごかし、こころよく私といっしょに時間をかけ、一心によいものを作ろうしてくれた、私たちは神さまといっしょに心をあわせて働いたのだと思ったのです。
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「えい!」
「えい!」
  ママといっしょに私のすむ修道院へ遊びにきてくれる4歳の男の子のお気に入りの場所は、窓辺のほそい棚の上です。彼は小さいときから、この高さ80センチ、巾40センチの棚のうえに、腰かけ、立ち、寝そべり、あらゆる遊びを考えだしました。カーテンでかくれんぼ、電話遊び、おやつをたべ、紙マイクで歌い、本を読み、絵をかき、お勉強をし、飛行機を飛ばし、自分も床へ飛びおりること。
  そして最近は、棚からすこし離れたところにママを立たせて、ママの胸にとびこむこと。始めは、慎重に身をためて、思いきって空間をとんで、しっかりとママに受け止めてもらいました。何度もママに向かってとんだあと、「今度はシスター」というので、私はおそるおそるママと同じところに立ちました。4歳の男の子が私の胸に飛び込んできた衝撃はそうとうなもので、私はどうにか彼を受けとめられて、ほっとしたのでした。
  空間をとぶという初めての試みには、そうとうな決意と信頼と勇気がいったことでしょう。小さな男の子の信頼と彼の体の衝撃が、私の心に深くのこり、私自身が修道生活への招きに応えたときのこと、そして、日々の生活のなかでの神へのゆだねと重なりました。それにしても、私が神にあたえる衝撃の重さはそうとうなものに違いないと思うのです。
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五色八重散り椿
五色八重散り椿
  日曜日の朝になると、私は住んでいる修道院から松ヶ崎通りをあるいて、家々の庭木や季節の花々を楽しみながら、北大路にある高野教会のミサにいきます。香りのよいソシンロウバイ、四季咲きの桜、ナンバンギセルもよいですが、特に、心がおどり、立ちどまって眺めずにいられないのは、あるお宅の生垣をこえる木に咲く椿の花です。1本の木に、まっ白な花、濃いピンク、さまざまなピンクの模様がはいる美しい八重の花々が、長いあいだ咲きつぐのです。
  ある朝、道に散った花びらを掃いている住人らしいおばあさんに会いました。「きれいな花ですね。」という私に、おばあさんは微笑みながら、「私がお嫁にきたときから、あったんですよ。でも、他の椿とちがって、花びらがばらばらに散るので、お掃除がたいへんで…」と言います。名前をきくと、ちょっと困った顔になって、「ふだんはすらすらと言えるのだけれど…確か、『五色散り椿』だったと思うけれど…珍しい椿だそうですよ。」と言いました。
  そして、ぐうぜん今日、友人から、白梅町一条通りの地蔵院に「五色散り椿」があって、蕾をたくさんつけていると聞いたので、松ヶ崎通りのおばあさんの「五色散り椿」を見に行きました。まだ固いたくさんの蕾のなかで、1つ、2つが、心なしかふくらんで、白い花びらの先を見せていました。帰る道すがら、その友人の詠んだ「『散椿』散る日のための蕾かな」と云う俳句を思い巡らしていました。
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