シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
愛は一つ
愛は一つ
  3月20日、乗りつぎの飛行機をのがしてしまった私は、東海岸の州にあるシャーロット空港まわりでセントルイスへ行くことになり、別のゲートにうつり、搭乗までさらに5時間まつことになりました。人のまばらな新しいゲートの私のまえの椅子に、中国人らしい中年の女性がいて、私の国籍をききたそうです。「Japanese」というと、すこし残念そうでしたが、人差し指と親指のあいだをせまくして「English, little」といいながらも、自分のとなりの椅子の方が座りやすいから移るほうがよいとわからせてくれました。
  親せきや友人との会話をスマートホーンでたのしんでいた彼女が私に、「夕食をたべたか」とたずねます。まだだというと、「どこでたべるか」とたずねます。私は「ここで」といいました。「チキンをたべますか」「ヌードゥルはどうですか」というので、私は「いいですね」答えました。どこかへ行った彼女は、帰ってきて、自分のスーツケースを私の隣の空いた椅子にねかせ、紙ナプキンをしき、チキンとヌードゥルにナイフとフォークをそえ、飲みものもおきました。自分は満腹だからと、またスマートホーンでの会話にもどった彼女のそばで、私は彼女の心づくしの夕食をおいしくいただき、車いすへのチップのための両替までしてもらったのです。
  「あなたは私のお母さんのようです」と私がいうと、「あなたが私のお母さんです」と彼女は答えました。愛には仕切りはない。愛は一つなのだと私は悟らせていただいたのです。
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「何を読んでいるのですか」
「何を読んでいるのですか」
  今年、3月20日、私はロサンジェルス空港にいました。ミーテイングのあるセントルイスへの乗りつぎ便への搭乗までには、5時間の待ち時間がありました。少しでも英語に慣れておこうと、私が英文の会憲を読んでいたときに、「何を読んでいるのですか」と声をかけられたのです。それは控えめで美しい日本語でした。驚いたことに声の主は外国の方で、お父さまが日本の大学で教えておられたので、5歳から13歳まで日本で過ごされたとのことでした。
  「最近、瞑想を実践しようとしている」と打ち明けられる、はじめて会ったこの男性の方と、どのぐらいの時間、どのような話をしたのか、はっきりとは覚えてはいないのですが、互いに心をこめて聴き、語りあった、ふしぎな、心にのこる尊い時間でした。講演や著作をとおして、活動しておられるFr. Richard Rohr を最後に紹介できたのはうれしいことでした。
  「世の終わりまでいつも共にいる」と言われた主キリストに信頼して、私は車いすでの一人旅をしていたのですが、彼の問いは私に、使徒言行録(8:26-39)の聖フィリッポとエチオピアの高官との対話を思いおこさせました。日本を大切に思って下さっている彼の幸せを祈っています。
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 「 お客様をお迎えする 下 」
食事を楽しんでいるみんなの顔に幸せが広がっていきます。平素使われなかった食器たちも、久しぶりにみんなに出会えて喜んでいるに違いありません。時間が経つにつれ、会話の内容も豊かになりました。故郷のこと、家族のこと、お正月やクリスマス、イースターの過ごし方その他、たくさんのことを知る機会となりました。心がオープンになり言葉の壁がなくなっていきます。心と心が触れ合い、優しさが互いの心を結びつけています。二人のお客様といろいろ分かち合えた事、時間をともに過ごせたことが何よりうれしく感じられました。

母が若いお客様に愛をもって接していたことが今も心に残っています。「年の功」とでも言うのでしょうか、お客様をもてなす母の姿には包み込むような温かさがにじみ出ていました。

かなりの時間が瞬く間に過ぎてゆきます。最後に、お客様が感謝の思いを祈りに込められ、手を合わせ微笑まれました。その瞬間、「そう、来年もまた、彼らを我が家に是非、お招きしよう」との思いがみんなの心に膨らんでいったのは言うまでもありません。

かつて、砂漠の炎天下を通り過ぎようとした旅人を呼び止め、自ら給仕してもてなすアブラハムの姿 ( 創世記18章1−8節 ) がよみがえってきます。お客様を我が家にお迎えするたびに懐かしく思い出す恵みの原風景! 

母は無言のうちに愛の多様なあり方を私たちに残してくれました。
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「 お客様をお迎えする 中 」
「お客様が来られました。」との声が玄関から聞こえてきました。

「よくいらっしゃいました。」と家族が全員、笑顔で彼らを出迎えました。もちろん、今日のお客様をお迎えする主人公は母です。いつも笑顔を絶やさない彼女の穏やかな姿が今日は一段と素敵に見えます。「寒いですね。そのままお上がりください」と語りかけています。天井に届くかと思われるほど背の高い、若いお客様をもう一人連れて来られたのです。お客様が母にその若い方を紹介しています。初めての対面とは思われない若い方と母との会話がほほえましく、こちらまで引き込まれそうです。彼はまだ日本語もたどたどしいのですが、目と目を合わせ母と話しながら頷いています。

座敷に通された外国のお客様は次第にリラックスしてきたようです。お茶をお出しし、頃合を見て食事に入ります。さあ、私たち女性の出番です。客間の会話の進行具合を見ながら彩りよくテーブルに料理を並べました。今日はいつもと違い、お客様に食事の祝福をお願いしました。「最後の晩餐」を髣髴とさせる光景です。グラスにワインが注がれ、威勢の良い「乾杯」の音頭がとられました。楽しい食事の始まり……!

私たちとの触れ合いを通して、お客様は故郷のご家族のことを思い出しているかもわかりません。彼らには我が家の料理が珍しいようで、食べ方や料理の由来等への質問が多々ありました。兄弟たちがそれについて説明しています。英語が飛び交い、相互に言葉の不足を補い合うのですが、チンプンカンプンの時もあって、爆笑の連続でした。「お客さまとの会話を大切に」と心を配っている母の幸せな様子も視野に入ってきます。 料理人の私たちにも質問が向けられ、我が家の料理の秘伝を披露し、いっそう親密さも増してきました。
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責任
責 任
  3月下旬に、セントルイスでの会議に出席するため、関空を発って、ロサンジェルスの空港にきていました。ゲートで5時間待ち、セントルイス行きの飛行機に乗り継ぐことになっていたのです。体調の関係から車いすをお願いして、ゲートまで案内していただき、搭乗の時に、また来てくださることになっていました。
  本を読んだり、思いがけない出会いをよろこんだりしながら、大勢のひとびとがゲートにあふれ、やがて搭乗口から去ってゆくさまを、まるで潮の満ち引きのようだと感じているうちに、どうもあたりの様子がおかしいと気づきました。だれもいなくなったゲートに私一人が取り残されていたのです。近くの小さなオフィスに行って、私が乗り継ぐはずの飛行機は、ゲートを変えて、すでに飛び立った後だとわかりました。私はゲート変更も知らず、約束の車いすも迎えに来なかったのです。それからさらに5時間待って、東海岸ちかくの州にあるというシャーロット空港を迂回して、翌朝セントルイスに着くことになりました。
  広大な夜の空に、アメリカ大陸を横断する飛行機の中で、絶え間なく変化してゆく、計り知れない大きな枠組みのなかに、自分はいるのだと感じました。今回、放送がなくても、車いすが来なくても、私はもっと注意深くあることができたでしょう。うまく表現できませんが、神に信頼しながら、もっと前向きであることが、この大きな枠組みの中で生きている自分自身にたいする自分の誠実さ、責任なのだと学んだのでした。
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