シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
信仰共同体

 4月1日の早朝、共同体の姉妹が帰天した。45年に近い奉献生活を終えて、静かに、にっこりと笑って神様のもとに帰っていったと、そんなふうに思えてくる。地区の会計担当という重責を誠実に果たしながら、もの静かに生き、豊かな才能を生かして姉妹たちを喜ばせ、「では、お先にね」とでも言うように逝ってしまった。

 私もよくお世話になったけれど、つい最近まで同じ共同体ではなかった。最後の3年間を共に過ごした。最近は体調を崩して、静かに苦しみに耐える姿を見ることが多くなっていた。

 ご遺体が病院から帰り、思い出を語り合い、次の日は通夜、そして、葬儀のミサと告別式。まるで、彼女がそのように計画してくれたかのように、すべてが終わって、次の日から学校が始まった。

 修道院の聖堂には、明るく笑っている素敵な写真と、ご遺骨が安置されている。一週間が経った。今日、それに向かい合った時、心の中にゆっくりと、いっぱいに、重いほどの喪失感が広がってくるのを感じた。「存在」の尊さとは、これなのかと、改めて思った。「存在による証し」が、どんなに大切なものだったのかが、もう少し分かったような気がした。

                       シスターアンミリアム
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新しい年
 新しい年

1月7日、ノートルダム学院小学校、後期後半の授業が始まった日の朝、恒例の書初め大会が行なわれました。

学校に着くのが遅かったので、低学年の教室しか見ることができなかったのですが、そこに普段と違った充実した静けさを感じて「ああ、いいなあ」と、うれしくなりました。
練習を終えて、いよいよ清書に取りかかる前なのでしょうか、背筋をピンと伸ばして目を閉じ、呼吸を整えていたのは1年生のクラス。「やるじゃない!」と声を出さずにつぶやいて、邪魔をしないように、そっと戸をしめました。
つぎつぎと書き上げていく2年生、今日は誰の声も聞かれず、物音すら消えてしまったようです。明るい日差しが教室いっぱいに広がっていました。

1月11日、「書初め展」が始まりました。NDホールには選ばれた作品が、学年ごとに掲示されています。廊下も、階段の踊り場も、個性的な作品であふれていました。語りかけてくるような筆使いに出会うと感動で押しつぶされそうになります。「平和希求」(5年生)の一つもそうでした。「平和」学習に取り組んだ5年生。筆力にこめられた思いが伝わって来るような、見事な作品に出会って、しばらくその場を動くことができませんでした。

ふと、われに返って思い巡らしました。「ずっと以前、現役で活動に没頭していた時にもこんな感動の機会は沢山あったはず。児童の姿も活躍ぶりもすばらしかったはず。それを深く、じっくりと味わっていたのかしら。何か追い立てられるように、先へ先へと走っていなかったかしら。」

思いがけず、再び、小学校の教室に、ほんの少しだけ、入る機会を戴いて、もう、5年目が終わろうとしています。毎年、毎年、私の喜びと感動は深く、新しくなっているのに気付きます。それで、誰にも聞こえないように、そっとつぶやいてみました。「年を重ねるのも悪くはないな」といってしまうと、誤解されるかもしれない・・・「いいことだ」これでは平板すぎる・・・「素晴らしい」ちょっと格好良すぎる・・・。

もたもたしている私に新しい年が明けました。恵みの年です。
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夏の日
夏の日

 京都五山の送り火が消えると、「夏のお休みもおわりね」と、ひとりつぶやく。このつぶやきが誰かの耳に届いたとしても、声の主が「行く夏を」惜しんでいるとは決して思わないだろう。猛暑が続いてはいても、私の夏は恵みの日々で満たされていたのだから。

卒業生のひとりが久しぶりに顔を見せた。彼女は大学卒業後、自分のやりたいことはこれだと決めてゆずらず、再び専門学校を受験し、真摯な研鑽を重ねて卒業時のコンテストに入賞し、副賞で留学の機会を得て海外に出た。予定の1年を経て、更に次の夢を追い続ける。結婚を考えている相手とも出会った。彼とは国籍が異なる。

彼女の話に耳を傾けながら私は、人はこのように見事に成長するものなのかと、感動と感謝の思いに満たされた。両親と自分との考え方の違いを嘆きながらも、伝統的な京都の旧家に育った人たちへの理解も深い。競争の激しい世界での活躍が果たして可能なのかとの不安も感じる。それでも尚、意欲的に多くの課題に取り組もうとする前向きの姿勢に、私は驚きの目を見張った。数年前、教室の一番前の席で、つまらなそうな顔をして私の授業を受けていた高校生と同じ人物だとはとても思えない。

「じゃあ、元気でね。自分を大切にするのよ。」と送り出そうとする私の目を見ながら、彼女が小さな声で言った。「シスターアンミリアムのりんごのケーキが食べたい。もう一度来るから。」
私は思わず声をあげて笑った。かつて私をちょっとだけ心配させた、あの時の高校生が戻ってきたからだ。

「これが親馬鹿ということなのかな」とつぶやきながら、私はメールを打っていた。
「お菓子を造っておきました。冷蔵庫に入っています。来るときには、あらかじめ連絡してください。」

                        8月17日
                            シスターアンミリアム木村
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沈丁花
沈丁花

 卒業の日が近づいた。6年生たちは着実に準備を進めていった。感謝の集い、在校生とのお別れ会など、卒業前のすべての学習や発表会、特別行事を、一つひとつ完成させていった。

 卒業式の練習も回をかさねて、その最終回には教職員も参加した。前方をみつめて見事に立ち並んだ6年生の横顔がまぶしい。様々な形で関わり、成長の歩みを導き、見守った日々の、深い思いや喜びが胸に去来する。

 卒業式の当日、退場の直前に彼らは後ろの席で見守る保護者や、5年生に向かって立ち、感謝をこめて「旅立ちの歌」を歌う。でも、今日は教職員の方に向きを変えた。「当日はできないから」と、教職員のために歌ってくれる。マイクロフォンの前に立った司会を務める児童の言葉が嗚咽で途切れた。心に深く響く歌声は限りなく美しかった。

 校舎の外には午後に日差しが明るく差して、白木れんのつぼみが大きくなり、沈丁花の香りがただよっていた。

                        3月12日
                           シスターアンミリアム木村
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新年おめでとうございます
 一段と冷え込んだ1月7日、後期後半の授業が始まった。児童たちが学校に戻ってきて、元気な声が響く。今日は書初め大会。墨の香りが流れる。

 給食は七草粥。インフルエンザの影響で、マリアンホールではなくて各教室に運んでいく。何人かの先生だけがホールに集まるが、児童の様子が見られないのはちょっとものたりない。でも、昨年の秋から、3年生の有志たちが、先生たちの食器を片付けに来てくれるようになった。最初は突然やって来てお皿を片付け始めたので、ちょっとためしに言ってみた。
「どうもありがとう。ねえ、お皿を片付ける前に『お下げしてもよろしいでしょうか』って、ご挨拶できるかなあ」

 この提案は直ぐに受け入れられた。一人から二人へと仲間にも伝えられた。それ以来、丁度終わるころになると、この「『お下げしてもよろしいでしょうか』さん」たちが来てくれる。先生たちは「有難うございます。お願いします。」と応える。

 今日、真っ白なエプロンをつけた彼らが、こんなご挨拶をした。
「新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お下げしてもよろしいでしょうか」

私は一瞬、寒さを忘れた。

                     1月7日   シスターアンミリアム
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