シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
「言葉その1」
彼女はある時、
二つの容器に水を入れ、その一方には「ばか」とか侮蔑の言葉、もう一方には「ありがとう」と感謝の言葉を書いた紙を貼るか、入れるかし、後で、両方の水紋を写真で撮ったところ、侮蔑の言葉を貼った容器の水紋は荒々しく乱れてい、感謝の言葉の方は美しい模様になっていたという数枚の写真が載っている本を見たそうです。

人間の体の80パーセント程は水分だから良い言葉、優しい言葉を聞いていると、きっと良いに違いないと思って、それからは歩く時も、キュウリを切る時も、バスに乗り遅れても「ありがとうございます。ありがとうございます。」というようにしたそうです。すると色々な事が好転していくように感じると言っていました。どの様な言葉も最初にその言葉の影響を受けるのはその言葉を口にした当人ですよね。
怒りの言葉を口にすると,さほどでもなかったのに怒りが込み上げて来る。
無理にでも、優しい感謝の言葉を口にすると気持ちが穏やかになってくるのは多くの人が持つ経験です。
ままならぬことも多い中で生活する時の知恵を頂いたように感じました。
旧約聖書の中にはつぎのようなことばがあります。「自分の口と舌を守る人は苦難から自分の魂を守る」(箴言21章の23)
心したいものです。
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夕映え
夕映え

秋の夕焼けが 目に沁みるようになりました。
こういう季節になると思い出すことがあります。

ある時、職場で非常に屈辱的な体験をしたことがあります。

それを口にする事も出来ないほど傷つき、硬く凍ったような心のまま一週間ほど過ごしていたある日、一人の同僚に散歩に誘われました。

私達は小高い丘に登り、石に座って、ただ、黙って夕日を眺めていました。

そのうち、同僚は何も聞かず、ただ自分の事をポツポツと話し始めました。

静かに沈みゆく夕日を眺めながらそれを聞いているうちに、ゆっくりと心が温まっていき、凍ったようになっていた心と体が、徐々に蘇生していくのを感じました。

「わたし(主)は 乾いている地に水を注ぎ 乾いた土地に流れを与える」
 「 彼(主の僕イエス)は傷ついた葦を折らず、消えかかっている灯心を消すことがない」
旧約聖書 イザヤ書42章より
 

 
 あの、夕映えの中での同僚の優しさのおかげで、現在があるように感じています。

唯そばにいてくれるだけで癒され、力を得ることがあるようです。

「見よおとめが身ごもって男の子を生む。」その名はインマヌエルと呼ばれる。『インマヌエルつまり『神は我々と共におられると言う意味である。』とイエスさまの誕生に際して言われています、イエス様はわたしと共におられる神ということです。ありがたいことです。
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感謝
くも膜下出血を患ったと聞くと多くの人が、「それくらいでよかったですね」と言います。その病では30%の人は死亡。30%の人には重篤な後遺症が残るそうです。私も、立つことなど思いもよらない事でした。そういう中で思いました。「当り前と思っていたことは実は当り前では無かった」と。そう思って目の前の食事を見て気付きました。「このわかめを採るため、誰かが海に入って波しぶきをうけたのだ。このミルクの為誰かが牛の世話をしたのだ。私は牛の為、草一本採っていないのに。そのように思っていくと、多くの人のご苦労の上に自分の生が支えられていること。またそういうことに心をとめず。感謝もしてこなかった自分の姿が見え始めました。
これからは見えない事の裏に人のご苦労とご親切を見、感謝の内に日々過ごしたいと思うようになりました。
今からでも遅くない。気付かせていただいた時がスタートだと思いました。感謝します。
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豪雨
「こんな雨を見るとたまらない。神戸は急な坂道が多いでしょう」と激しく降る雨を見ながらその80代の女性は話されました。
傾斜が急な坂での豪雨、ほとんど垂直に滝のように流れる水の中を歩きあぐねている時、その流れの中を必死に歩いている小学1、2年生くらいの女の子に気付いたそうです。その子を自分の方に引き寄せようと傘を差し伸べたところその子は両手でしっかりと握ったそうです。良かったと思ったのもつかの間、急な坂を流れる水の中で傘を握っていることができず、その子は、流されて行ったそうです。その水の流れはまっすぐ海に入っていたそうです。

50年以上も前のことで、その頃、神戸で激しい雨が降ったことを後で知りました。
近年、今までにない豪雨とか多くの災害が報道されます。

いずれ天気は回復し、報道記事を見た私達の記憶も薄れますが、災害に遭われた方々のことが気になります。
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すずめ
4月から腰椎骨折で3月ほど入院しました。一昨年のくも幕下出血による1年近い入院生活に続くもので心も萎えそうになりながら、毎日病室の窓辺の桟に来る2,3羽のすずめを眺めていました。そのうち聖書の中で語られているイエスさまの次のお言葉が聞こえてくるような気がしました。

「2羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だがその1羽さえ父(神)のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなた方の髪の毛までも一本残らず数えられている。だから恐れるな」。(マタイ福音書10章、29節)
同じような内容が6章でも語られ、ています。神様はいろいろなものを通してご自分の思いを私たちに伝えてくださると感じました。
イエスさまのメッセージを伝えてくれたかわいい雀たちでした。
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