シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
夕映え
夕映え

秋の夕焼けが 目に沁みるようになりました。
こういう季節になると思い出すことがあります。

ある時、職場で非常に屈辱的な体験をしたことがあります。

それを口にする事も出来ないほど傷つき、硬く凍ったような心のまま一週間ほど過ごしていたある日、一人の同僚に散歩に誘われました。

私達は小高い丘に登り、石に座って、ただ、黙って夕日を眺めていました。

そのうち、同僚は何も聞かず、ただ自分の事をポツポツと話し始めました。

静かに沈みゆく夕日を眺めながらそれを聞いているうちに、ゆっくりと心が温まっていき、凍ったようになっていた心と体が、徐々に蘇生していくのを感じました。

「わたし(主)は 乾いている地に水を注ぎ 乾いた土地に流れを与える」
 「 彼(主の僕イエス)は傷ついた葦を折らず、消えかかっている灯心を消すことがない」
旧約聖書 イザヤ書42章より
 

 
 あの、夕映えの中での同僚の優しさのおかげで、現在があるように感じています。

唯そばにいてくれるだけで癒され、力を得ることがあるようです。

「見よおとめが身ごもって男の子を生む。」その名はインマヌエルと呼ばれる。『インマヌエルつまり『神は我々と共におられると言う意味である。』とイエスさまの誕生に際して言われています、イエス様はわたしと共におられる神ということです。ありがたいことです。
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感謝
くも膜下出血を患ったと聞くと多くの人が、「それくらいでよかったですね」と言います。その病では30%の人は死亡。30%の人には重篤な後遺症が残るそうです。私も、立つことなど思いもよらない事でした。そういう中で思いました。「当り前と思っていたことは実は当り前では無かった」と。そう思って目の前の食事を見て気付きました。「このわかめを採るため、誰かが海に入って波しぶきをうけたのだ。このミルクの為誰かが牛の世話をしたのだ。私は牛の為、草一本採っていないのに。そのように思っていくと、多くの人のご苦労の上に自分の生が支えられていること。またそういうことに心をとめず。感謝もしてこなかった自分の姿が見え始めました。
これからは見えない事の裏に人のご苦労とご親切を見、感謝の内に日々過ごしたいと思うようになりました。
今からでも遅くない。気付かせていただいた時がスタートだと思いました。感謝します。
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豪雨
「こんな雨を見るとたまらない。神戸は急な坂道が多いでしょう」と激しく降る雨を見ながらその80代の女性は話されました。
傾斜が急な坂での豪雨、ほとんど垂直に滝のように流れる水の中を歩きあぐねている時、その流れの中を必死に歩いている小学1、2年生くらいの女の子に気付いたそうです。その子を自分の方に引き寄せようと傘を差し伸べたところその子は両手でしっかりと握ったそうです。良かったと思ったのもつかの間、急な坂を流れる水の中で傘を握っていることができず、その子は、流されて行ったそうです。その水の流れはまっすぐ海に入っていたそうです。

50年以上も前のことで、その頃、神戸で激しい雨が降ったことを後で知りました。
近年、今までにない豪雨とか多くの災害が報道されます。

いずれ天気は回復し、報道記事を見た私達の記憶も薄れますが、災害に遭われた方々のことが気になります。
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すずめ
4月から腰椎骨折で3月ほど入院しました。一昨年のくも幕下出血による1年近い入院生活に続くもので心も萎えそうになりながら、毎日病室の窓辺の桟に来る2,3羽のすずめを眺めていました。そのうち聖書の中で語られているイエスさまの次のお言葉が聞こえてくるような気がしました。

「2羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だがその1羽さえ父(神)のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなた方の髪の毛までも一本残らず数えられている。だから恐れるな」。(マタイ福音書10章、29節)
同じような内容が6章でも語られ、ています。神様はいろいろなものを通してご自分の思いを私たちに伝えてくださると感じました。
イエスさまのメッセージを伝えてくれたかわいい雀たちでした。
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こげたご飯
小学3年生頃のことです。母が留守の時、何か手伝いをしたいと思い、ご飯を炊くことにしました。薪の火で炊くのです。薪の火でご飯を炊くのはむつかしいのですがなんとか炊けそうでした。火がついたのを見て安心した私は遊びに行きました。
ところが遊びに夢中になってご飯のことはすっかり忘れてしまいました。
思い出して帰るとちょうど母が戻ったところでした。
お釜のふたを取るとご飯は真黒に焦げ一番上まで、炭のように真黒に固まっていました。「ごめん」と泣きそうな声で言いました、
母は「せっかくしてくれたのにね」と言い、それ以上はなにも言いませんでした。
戦後まもない頃で食料も乏しい頃でした。

手伝いたい私の気持ちだけを受け止めてくれた優しい母を思い出すできごとです。
この母は今年の2月20日に98歳で亡くなりました。初めてのお盆をむかえます。
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