シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
地震
地震災害の報道を見る度に20年ほど前、テレビで見たイタリアの地震災害救出時の様子を思い出します。瓦礫の山の中に、埋まっている人を見つけたらしく救出隊の人が大きな声で言っていました。「おばあさん、今助け出すから待っていてね」と。すると瓦礫の山の中から返事がありました。「もういいよ、ここにいるよ。このままがいいよ」と。それを見ていた私達は思わず笑ってしまいました。きっと倒れた建物が作り出した空間に体が納まっていたのでしょう。激しく恐ろしい揺れを体験したおばあさんにとっては、また恐ろしい揺れを体験するかもしれない外、広々とした地上に出るよりその暗く狭い空間の方を安全と感じたのでしょう。それほど怖い体験だったのでしょうが。
新しい状況、未来に不安を感じ、現状の中に安住固執しようしようとする人間の姿をみたようにも感じました。他人事とは思えません。
恐れることはない、私はあなたと共にいる神。たじろぐな、私はあなたの神。
あなたを強めあなたを助け、私の右の手であなたを支える。旧約聖書イザヤ書41章10節

この神の言葉を信頼したいものです
言葉その2
その方は社会の第一線で長年活躍した方でしたが病を得、今は歩くのもままならない状態でした。「子供はいない。妻は脳梗塞で意識が戻らないまま6年以上入院生活をしている」と話されました。言葉の端々にお二人の若かりし頃の純な愛を感じました。今は何の反応もない奥さんを月に一度尋ねるのがその方の支えになっているように感じました。
「妻が自分と結婚したことをどう思っているか知りたい」とおっしゃいましたのであなたの方から「あなたと結婚して幸せだった」とおっしゃたらどうですかと勧めました。「耳も聞こえないし何の反応もないので、通じないでしょう」とおっしゃいましたが。聴覚は最後まで働くと聞いたことを思い出し、尚も勧めました。
「病室で二人だけになる機会が無い。」「本当に通じるか確信が無い」。などでなかなか言えないようでしたが5カ月ほどたったころ「やっと言えました。通じたかどうかより、思いがけず私の心が喜びでいっぱいになり涙がこぼれました。」と晴々とした表情でおっしゃいました。

感謝や、愛情の気持ちを口にすると、まず、それを口にした当人が幸せを感じるようです。

「口の言葉が結ぶ実にょって人は善いものを享受する」。旧約聖書箴言13章2節。より。



それからは、毎回そのように言うようになったそうです。
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「言葉その1」
彼女はある時、
二つの容器に水を入れ、その一方には「ばか」とか侮蔑の言葉、もう一方には「ありがとう」と感謝の言葉を書いた紙を貼るか、入れるかし、後で、両方の水紋を写真で撮ったところ、侮蔑の言葉を貼った容器の水紋は荒々しく乱れてい、感謝の言葉の方は美しい模様になっていたという数枚の写真が載っている本を見たそうです。

人間の体の80パーセント程は水分だから良い言葉、優しい言葉を聞いていると、きっと良いに違いないと思って、それからは歩く時も、キュウリを切る時も、バスに乗り遅れても「ありがとうございます。ありがとうございます。」というようにしたそうです。すると色々な事が好転していくように感じると言っていました。どの様な言葉も最初にその言葉の影響を受けるのはその言葉を口にした当人ですよね。
怒りの言葉を口にすると,さほどでもなかったのに怒りが込み上げて来る。
無理にでも、優しい感謝の言葉を口にすると気持ちが穏やかになってくるのは多くの人が持つ経験です。
ままならぬことも多い中で生活する時の知恵を頂いたように感じました。
旧約聖書の中にはつぎのようなことばがあります。「自分の口と舌を守る人は苦難から自分の魂を守る」(箴言21章の23)
心したいものです。
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夕映え
夕映え

秋の夕焼けが 目に沁みるようになりました。
こういう季節になると思い出すことがあります。

ある時、職場で非常に屈辱的な体験をしたことがあります。

それを口にする事も出来ないほど傷つき、硬く凍ったような心のまま一週間ほど過ごしていたある日、一人の同僚に散歩に誘われました。

私達は小高い丘に登り、石に座って、ただ、黙って夕日を眺めていました。

そのうち、同僚は何も聞かず、ただ自分の事をポツポツと話し始めました。

静かに沈みゆく夕日を眺めながらそれを聞いているうちに、ゆっくりと心が温まっていき、凍ったようになっていた心と体が、徐々に蘇生していくのを感じました。

「わたし(主)は 乾いている地に水を注ぎ 乾いた土地に流れを与える」
 「 彼(主の僕イエス)は傷ついた葦を折らず、消えかかっている灯心を消すことがない」
旧約聖書 イザヤ書42章より
 

 
 あの、夕映えの中での同僚の優しさのおかげで、現在があるように感じています。

唯そばにいてくれるだけで癒され、力を得ることがあるようです。

「見よおとめが身ごもって男の子を生む。」その名はインマヌエルと呼ばれる。『インマヌエルつまり『神は我々と共におられると言う意味である。』とイエスさまの誕生に際して言われています、イエス様はわたしと共におられる神ということです。ありがたいことです。
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感謝
くも膜下出血を患ったと聞くと多くの人が、「それくらいでよかったですね」と言います。その病では30%の人は死亡。30%の人には重篤な後遺症が残るそうです。私も、立つことなど思いもよらない事でした。そういう中で思いました。「当り前と思っていたことは実は当り前では無かった」と。そう思って目の前の食事を見て気付きました。「このわかめを採るため、誰かが海に入って波しぶきをうけたのだ。このミルクの為誰かが牛の世話をしたのだ。私は牛の為、草一本採っていないのに。そのように思っていくと、多くの人のご苦労の上に自分の生が支えられていること。またそういうことに心をとめず。感謝もしてこなかった自分の姿が見え始めました。
これからは見えない事の裏に人のご苦労とご親切を見、感謝の内に日々過ごしたいと思うようになりました。
今からでも遅くない。気付かせていただいた時がスタートだと思いました。感謝します。
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