シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
年の初めに  Part 1 いのち
 全州市は李氏朝鮮(1392―1910)の発祥地であり、ビビンバでも有名なところです。この全州市はかつて私どもの韓国ミッションの地でした。今から20数年前になりますが、私たちはまだ修道院がなくアパートの一角に新修道院を開設しました。

 日当たりがよく風光明媚なこの地に次から次へと巨大なアパート群が林立しました。すぐに教会・学校・役所そして種々の店舗が立ち並び、湖城洞(ホソンドン)と呼ぶこの町は急速に発展してゆきました。私たちはこのような環境の中で民間レベルでの日韓両国の懸け橋としての役割を楽しんでおりました。

修道院は20階建ての18階に位置しており、春夏秋冬を問わず心地よい環境に恵まれていました。南側に面したベランダには蘭の鉢植えを幾つかおいてその蘭の世話を楽しんだものです。毎日せっせと水をやりました。2年近く経っても、いっこうに開花の気配が感じられないこの蘭をあきらめかけていました。「もうこの蘭は咲かない」と勝手に判断し、それを捨てようとしていた矢先のことです。


 幾つかの枝の間から可愛らしい蕾(つぼみ)が私の目に留まりました。この蘭を見限っていた自分の心の姿勢に恥ずかしさを憶えました。「誰も勝手に命を奪う権利は無い!」とのささやきを感じたのです。神にそして「自分の時」がようやく来て健気に咲こうとしている蘭に素直に謝りました。それ以後、私はどの命に対しても敏感になり、尊敬をもって接するよう心掛けています。この蘭(シンビジューム)は見事な開花を遂げました。日本に戻った今もその蘭は私の心に生きています。そして命の尊さを教えてくれたシンビジュームに感謝しています。

           ごらんよ、空の鳥、野の白百合よ、
         まきもせずつむぎもせずに安らかに生きる
             こんなに小さな命にでさえ
               心をかける父がいる
             カトリック典礼聖歌集 #391
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「待つ〕と言うこと
現代人は待つことが苦手だと言われて久しいです。

11月下旬、私はもみじの名所、永観堂を訪ねました。秋晴れの穏やかな朝、永観堂はすでに観光客で賑わっています。かつてノートルダム女学院中学高等学校に奉職中の頃は、私が住んでいたノートルダム修道院がごく近いこともあり、幾度となくその周辺を散策したものです。あれから20余年が過ぎ去りました。これまでずっと永観堂禅林寺で一人静かに「みかえり阿弥陀様」と対面する機会を待っていました。

私たちはいつしか時間に追われスピードと効率を優先させる環境に慣れ親しみ、待つことは苦手のようです。世が世だけにこのような環境から少しばかり身を引き、自分のあり方を見つめる機会を作らなければと常日頃感じていました。

ようやくその願いが叶えられようとしています。みかえり阿弥陀さまの前に立ちました。 立ったと言うよりは静かにそこに正座し、阿弥陀様と対面しました。77センチの本尊像が私を穏やかに迎えてくださったように思われました。右手を胸のあたりに、左手の掌を下方に向け全体的に全てを受け入れる姿勢をしておられます。左後方を振り返りながら暖かい眼差しと仕草で待ってくださっているように感じられました。遅れる人々を待ち、迎え入れようとする姿勢に母親のぬくもりを感じさせてくれます。この暖かさの前で人は、理屈抜きに素直になれます。平素することが山積みにされ、心の平静さを失いがちな私に向けられた温和なまなざしが私を安堵させ、来て本当に良かったと素直な心になりました。

まもなく迎えるアドヴェント(待降節)はイエスの誕生を待つ大切な、しかも浄化の「時」です。人々は無防備な幼子の中に慈悲と憐れみを感じようとし、幼子を迎え入れようと心を整えます。
 
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錦秋に想う
私が住んでいる松ヶ崎界隈の錦秋は本当にゴージャーズで銀杏並木路を歩くのがいつしか秋を楽しむ私自身の風物詩となりました。今年は例年より早い紅葉を目にしながらこの秋をもう一度意識して迎えたいと目を凝らし、自然の移ろいを肌で感じています。

2011年、韓国・ローマから15年ぶりに戻って味わった京都の秋の美しさは格別で、一瞬息を飲むほどでした。銀杏の木々の微妙な色合いの変化を観るのが好きです。朝の光の中で黄金にあけ染めるさまはあたかも「色と光のシンフォニー」と勝手に命名するほど素敵でした。あと何回この美しさを味わえるのかと、この錦秋に浮かぶ自然の移ろいを感慨深く思ったものです。そのような年齢に達している自分を、もう一人の自分が眺めていることに驚きました。それは一瞬のことでしたが、私に与えられた尊い時間を大切に過ごしたいと強く思う今日この頃です。

このような思いに耽っている間に、一年もあと1か月余を残すのみとなりました。自分史を振りかえって見ますと、生後2日しかもたないと告げられた両親が、風前のともしびとも言えるこの命を慈しみ、「今」を迎えるほどに愛を注ぎこんでくれたのでした。そして、私が過ごしているこの修道家族の中でこの命を、いろいろな形でつなげ見守られているのを感じます。この命の悲喜こもごものすべてを両手で押し頂き、どのような小さなことでも私の一部と思い受け取りたいと思います。これは生きている証し、命の営みをさせていただいていること自体が私にとっては一種の奇跡です。その奇跡は神様がお許しになるその日まで続けられるのです。

11月は特に命の尊さを意識する季節で、一年を振り返り、自分自身の命と他者の命を思いめぐらします。また、命の源である神を思い、やがて訪れる幼子イエスの誕生を心待ちにしながらイエスの命へとこの命が繋がっていけますように。
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誕生日 Part 3
11月をカトリック教会では「死者の月」と定めています。

11月1日、この日は諸聖人の祝祭日と称し、全世界の教会は、全ての聖人と殉教者を称え感謝を捧げます。そして11月2日、亡くなった人々のため全世界の津々浦々(つつうらうら)にある教会は、すでに天に召された人々を偲び永遠の安息を祈ります。この日にとどまらず聖なるミサの中や食後にも、私たちに先立って逝かれた人々を記憶するのです。

ちょうどローマにおりました頃(2011−2016)のことですが、11月1日は諸聖人祭で公休日です。この日、私どものシスター方とバチカンのカンポ・サント(聖なる地=墓地)を訪れました。このカンポ・サントには数名のノートルダム会員が眠っています。前日、ローソクとお花とマッチを準備しました。死者のために祈るのは何処も同じで、厳粛な気持ちになります。カンポ・サントで祈った後、それぞれの墓石を見て回りました。それを見ていますと、彼らの生活や人間関係が感じられ微笑ましくなります。祖国を離れ異国の地に眠る人々のことが身近に感じられ、時空を超えていっそう深く彼らのために祈りたくなります。ずいぶん昔からこの地は墓地として利用され、貧しい人々の永眠の地でした。

ローマ在住のあいだ、11月1日にかかわらず 私は、しばしばこのカンポ・サントを訪問し祈りました。カンポ・サントとバチカンは目と鼻の先にあります。教皇との祈りの時間に遅刻しないようバチカン広場に向かいました。まもなく教皇の二階の自室が開かれます。全世界からの旅人も含め、人々の視線が二階に集中します。「ヴィヴァーバーパ!」と連呼し、愛を表現します。広場の人々の表情はとても穏やかで平和そのものです。祈りと慈父の心をもって教皇は私たちに祝福を送られました。

生と死は背中合わせと申しますが、私は11月1日の諸聖人祭と11月2日の死者の記念日を特に感謝と尊敬をもって迎えています。この世の生を終え、新しい命へと旅立つ第二の誕生日とこの2日間を思い、いつか迎えるこの日を、愛をこめて受け入れることができますよう願っています。
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誕生日 Part 2
誕生日 Part 2

朝の祈りをしている私たちの居間に、ワカメスープの匂いがプーンと漂ってきました。もうすぐ叔父・叔母そしていとこたちが祝いのためにやって来るのです。

今日は父の誕生日。 母は白いエプロンを着け、朝餉(あさげ)の準備中です。韓国では、誕生日は貧富の差を越え、ワカメスープを食べ、両親や家族のみんなに感謝する習慣があります。ワカメは栄養価が高く、妊産婦や授乳期にあるお母さん方が食べると良いとされています。また、子供の成長や健康を願ってワカメは食卓の主賓となります。友人たちも開口一番「ワカメスープを食べたの」と質問し、誕生日を祝ってくれます。

祖母亡き後、惣領息子である父が我が家のリーダーです。母は惣領嫁として家族の伝統を大切に守ってきました。私たち家族はそのような母が大好きで深く尊敬していました。嫁としての母の務めは多々あり、親戚や近所の人々にあたたかく接し、家族全体をまとめる大役を担っています。彼女は特に、祖母と父の誕生日を大事にしておりました。子供ながらにそれぞれに対する母の心遣いや配慮に感嘆し、それと同時に「大変だ」と思っていました。密かに母にエールを送りもしたものです。お正月や家族の大切な行事には、必ずみんなが本家に集まり互いの安否を気遣うのです。

我が家では、今も誕生日はとても大切にされています。大家族の一員として育った私たち兄弟姉妹はそれぞれの誕生日を心に留め、愛を分ちあい、電話やカードを送って感謝の気持ちを伝えあって来ました。母亡き後、惣領娘の姉が私たち弟妹一人ひとりの誕生日に赤飯やおはぎをつくり祝ってくれています。命を与えてくださった神と両親そして兄弟姉妹相互の絆が深まるのもこの誕生日に起因するのでしょう。

いつしか、「今日こそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに。」の詩篇を口ずさんでいました。
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