シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
もつれた電話コードとの対話
私の修室の電話コードが修復不可能と思えるほどにもつれてしまいました。

今日こそ,その電話コードを直そうと決心はするのですが、実行には至りませんでした。そうこうしているうちに一つのインスピレーションが沸いてきました。もつれさせてしまったのはまぎれもなく、私自身だと言うことです。気が付いた時点ですぐに電話コードを丁寧に修復していればストレスをためることもなかったのです。

神、自分自身そして人と人とのもつれ等も同じなのではないでしょうか。本当は簡単に解くことが出来るはずですのに、それを後へ後へと引き伸ばした結果、複雑にもつれてしまったのです。私の決断力と実行力の不足がそうさせていたのです。そう思いますと、そのもつれを早く解決しなければとの焦り、反省とともに修復決行の決意を新たにしました。

ある晴れた日曜日の昼下がり、思い切って、もつれた電話コードと格闘しました。先ず、問題の電話コードと真正面から向き合い、もつれ具合を観察しました。よくもまあ、こんなにひどくもつれたものです。一つ一つのもつれを、時間をかけ順にほどいてゆきました。こちらをほどけばあちらがもつれ、そうこうしているうちに、もつれを修復する作業が楽しくなってきました。幾重にも絡みあった電話コードが次第に元通りになり、扱いもスムーズになってきました。気が付いてみると汗びっしょり!丁寧に扱わなかったことを電話コードに何度も詫びました。

現在、私の修室の各種の線は見た目にもきれいに整理され、使用するのも簡単で、電話コードを見るたびに「大丈夫」と言い、にっこり微笑みかけています。
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魔法の西瓜
果物の中でも夏を象徴する西瓜が食卓に上るたびに、私は夏休みも殆ど終わりに近づき、泣きべそをかきながら宿題に追われていた頃のことを懐かしく思い出します。

それは登校日が迫っていた8月下旬のことでした。ラジオ体操は毎朝6時半、家の前の公園で、友人や近所のおじさん、おばさんも参加して楽しくやったものでした。体操に参加した証として、必ず「印」を押してもらわなければなりませんでした。それを数えるのも楽しみの一つでした。しかしそれ以外にたくさんの宿題がありました。五本の指にも満たない日数でどうして宿題を完成させるのかと、小さい頭と胸を痛め途方にくれていました。もう、パニック状態!しかも、絵日記帳は日付と曜日は記入しておいたのですがほとんど白紙に近い状態でした。泣きながら姉に「まだ宿題ができてないの」と訴えました。母のように優しい姉は、「西瓜も食べたわね。」と言って、私の目の前で「大傑作」と思えるほどの色鮮やかな「西瓜」の絵を描いてくれました。本当においしそうで、今もって忘れられない「魔法の西瓜」として記憶の宝庫に収められています。

花火大会や海の家その他、子供たちにとっては楽しいことずくめの夏休みがもうすぐ終わろうとしています。小中学生や高校生に出会いますと、みんな宿題はできたかなと心配になってきます。かつての自分を重ね合わせ、宿題の完成を心から応援したいと思います。

また、夏休みは、私自身の人生の宿題を着実にやっているかどうかを振り返る好機ともなっています。
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心躍る一通の封書
夏になると友人・知人から暑中見舞いや音信を問う懐かしい手紙が届きます。何気なく封筒を見た途端、その方の自筆に出会い、今その方が私の傍にいるようで幸せが広がってきます。また、素敵な切手を見ますと嬉しさも倍加し、送ってくれた方の優しさや心使いに触れることができます。

1979年(昭和54年)、7月23日を日本郵政省は「ふみの日」と制定しました。主旨は「手紙の楽しさや手紙を受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるように」ということです。しかも封書で手紙を受け取る楽しさは誰にとっても格別だと思います。特に、手書きで綴られた封書は、その方らしい人柄と持ち味がしのばれ、その方を身近に感じることができます。

2歳年下の私の妹があるとき、手紙にまつわる思いを分かち合ってくれました。「いつも手紙を出すときはその方の幸せを願い、切手に少しばかり心を配るのよ」と話してくれました。ただ、素敵な切手をいつも貼ってくれている、それだけの思いで、彼女からの便りを受け取っていましたが、彼女の細やかさや思いやりに触れ、彼女への感謝とともに、それ以後、手紙を出すときは、相手の方の幸せを願い、喜ぶ姿を想像しながら切手にも心を配るようになりました。

そう言えば、万人から愛されている聖書はまさに神から私たちへのラブレター!このラブレターを通してどれだけ多くの人々が喜びや愛を感じたことでしょう。そしてこれからも………。

今夏は、特に、永遠のベストセラーと言われる「聖書」を、思いをこめて紐解いてみたいものです。あなたには、そして私には、どのような素敵な切手が貼られ、胸をときめかせながらこのラブレターを読むことでしょう。
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英語との出会い  「卵エピソード 下」
クリストファ・コロンブスは1492年「西回り航路でアメリカを発見」と紹介されています。

中学一年の英語の時間に習った「コロンブスの卵」は今も強烈に私の脳裏に刻み込まれています。英語の授業で“No one can do it”「誰もそれをすることはできません。」のフレーズを教わり、数十年経った今も鮮明に私の記憶の宝庫に収められています。

コロンブスがスペインに戻って祝賀会が開かれた時の光景が思い出されます。一人の貴族が「西へ航海することは誰にでも出来る」と言い、彼の業績を素直に喜べないその貴族のあり方に幼いながらも疑問を感じました。科学技術が十分でなかった当時、大海原を航海する危険性は火を見るより明かです。祝賀会でコロンブスは会衆に向かって質問します。「誰か、この卵を立ててみてください。」一瞬沈黙が走ります。みんな必死に卵を立てようとしますが、結局誰も出来なかったのです。その時の彼の言葉が「No one can do it」だったのです。多感だった私はそれを深く味わい忘れることが出来ませんでした。

幸運にもコロンブスの映画がその頃、上演されていました。この場の雰囲気を中学生の私は好奇の眼で観察していました。「実にえらい!本当にえらい!」と大人たちはどうして言えなかったのでしょうか。コロンブスは卵を取り、やおら「こつこつ」と卵の底をたたきました。卵は立ったのです。誰かがやった後であれば誰でも出来ますが、最初にそれを思いつくのは何と難しいことでしょう。人間の嫉妬心がむき出しになっています。英語を通して私は人生の複雑さを中学生なりに体験し、他者をほめる心の姿勢を持ちたいと思ったものです。幼い頃の記憶は強烈と先人たちは力説しますがそれは本当でした。

神様が私に下さった知的好奇心はいつも、「努力すれば可能となる」という自負心を燃え続けさせました。努力することは工夫にも繋がります。沢山の試行錯誤をしている内にノウハウも生まれます。体験すること、失敗することも人生を歩むプロセスの一つだと思うと楽しみが倍加します。
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英語との出会い 「卵エピソード 上」
グローバル社会では英語が必須だと多くの人は言います。かつて英語を習いたての中学一年生だった私は思春期の真っ只中、誰しも戦後は貧しかったわけですが、リッチに過ごしたいと精神的なかっこ良さを求めていました。

小学校では担任はほとんど女の先生で全教科を習いましたが、中学生になった途端、教科別で異性の先生に英語を習ったのです。毎日のように、体に不似合いな大きなかばんに英語辞書を入れ、少しばかり大人になった気分の私。英語の先生の授業に惹かれ、予習・復習を欠かしませんでした。更に、習いたての英語を現場で応用させたい想いが募っていました。しかし、田舎に外国の方が来ることは夢のまた夢でした。

でも幼い私の夢を天が聞き届けてくれたのでしょうか。英会話の実現を夢見ていた私に幸運が訪れたのです。毎週、日曜ミサに預かる両親と教会に行くのが楽しみでした。沢山の本を借りることも出来たのですから。 聖堂に入った途端、平素とは違った華やかな雰囲気を感じました。オーストラリアから管区長神父様が視察にいらしたのです。ミサに集中するどころか、夢にまで描いた英会話のチャンスが遂に到来したのですから。「神様ごめんなさい。あなたのことを思わないで」と心で詫びながらミサの間中、神父様と英語で話すことばかり考えていたのです。ミサ終了後、早速、両親を神父様のもとに連れてゆきました。「This is my father and my mother……Nice to meet you !」身振り手振りで一気に習いたての英語を話しました。満面の笑顔を見せながら見上げるほどに背の高い神父様がとびきりやさしく頷いてくれたのです。私の英語が通じたのです!ちょっとばかり偉くなったように思いました。祖母がそばで「よくやったね」とささやいてくれました。

さて、中学生活にも慣れてきたとある日曜日、2歳年下の妹と大事にとっておいたお小遣いを使うチャンスがありました。小学生の妹と私は、教養を積み、沢山の素敵な体験をしようと幼いながらも話し合うことがよくありました。

ついに、少しばかり素敵なレストランに二人で入りました。眺めの良い明るい場所に座を決め行儀よくテーブルに着きました。おいしくて安価、しかも豪華であることが私たちのモットーです。私はメニューを見て、横文字の料理、しかもお小遣いの範囲内の「ボイルドエッグ」を指さし、妹も頷いてくれました。胸をときめかせながら待っていると、注文したボイルドエッグを「どうぞ」と言ってウェイトレスが持ってきました。その「ボイルドエッグ」を見た途端、本当に驚きました。時々食べていたあのゆで卵が、かわいい玉子用スタンドに乗せられテーブルに置かれたのです。妹と私は顔を見合わせました。 数十年過ぎた今も、その時の驚きが鮮明に蘇ってくる懐かしい「卵エピソード第一号」です。英語一年生の初体験でした。
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