シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
エスコート
高校生だったころ、父から「話があるからそこに座りなさい」と言われました。
めったにそのようなことがなかったので、心を落ち着かせ父の話しに耳を傾けました。

父は「もうあの大学生と付き合ってはいけない。」と私に話しました。驚いた私は「父さん、どうしてですか? 彼はまじめな青年、教会でいつも勉強を教えてくれ、仲間と色んなことを彼から教わっているの。そしてとても親切で楽しい。」それでも父は「いけません」と譲らないのです。

父はその理由をゆっくり説明してくれました。ある時、私が彼と一緒に歩いているのを見かけたようです。「彼はお前に歩道の車道側を歩かせ、彼自身は内側を歩いていた」と言うことでした。「彼は高校生のお前に対する配慮が足りない。先輩としてお前をエスコート(相手を守り気遣う・あるいは護衛する)しなければならない」ということでした。父はいつでもお年寄りの方や母そして子供たちを気遣ってくれました。

そのころ、私は両親の細やかな心遣いに気づいていない小生意気な高校生でした。久方ぶりに「エスコート」がきっかけとなって沢山のことを父から学ぶことができました。そのような父がまぶしくさえ感じられたものです。そして、そこまで娘の私を心にかけてくれていたのかと思うと、そのことがうれしく父に対する尊敬と感謝の思いが膨らんできました。しかし、そのことが理解できるようになったのは人生のいくつもの坂を越えてからこのことです。

夏になれば父が教えてくれた「エスコート」の意味が懐かしく思い出されます。出会う方々に父から学んだこの心遣いを大切にし、実践したいと思う今日この頃です。
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お持ちしましょうか
年を重ねるにつれ、遠出する時は、できるだけ荷物をコンパクトにしたいと思うようになってきました。

7月下旬のことです。前日は夜遅くまで、仕事に追われていました。東京行きの準備がまだできていません。翌朝、スーツケースに必要品を詰め込みました。できるだけ「最小限度に」を目標に筆記用具と聖書、衣類そして常備薬を入れ、駅に向かいました。切符を購入し、新幹線に飛びこんだのです。車内で一呼吸し、ようやく我に返った感じでした。「今、私は何をしているのだろう」と自問し、朝食を取り始めました。昨晩のことどもがしきりに思い出されます。車内での約2時間半、年に一度の大切な自己省察と神との出会いを求め、黙想に入る準備に取り掛かりました。気が付いたら東京駅到着のアナウンスが入ってきました。                           

山手線のプラットホームへ向かおうと駅構内で案内掲示を探しました。すぐに見つかりましたが、その瞬間、最小限にまとめたはずのスーツケースが殊のほか重く感じられ、階段を上るのがためらわれました。「どうしょう」と不安に駆られその場に立ちすくみました。後ろから、「お持ちしましょうか。」と青年が駆け寄ってきました。あの時の「お持ちしましょうか。」の一言が私には大きな救いでした。スーツケースを軽やかに運ぶ彼の後を追いました。彼は私を気遣い,歩調を緩めてくれています。「神様、本当にありがとうございます。あなたは私に天使を送ってくださいましたね。」少しばかり涙ぐんでいました。

階段を昇りつめたその時です。優しい笑顔が私の視野に入ってきました。品の良い女性が笑顔で彼を待っていたのです。私は彼に感謝を述べ、彼女にも「お待ちになったでしょう。有難うございました。」と言葉をかけました。最後にあの若いカップルに「お幸せにね」と私の思いを込めてお礼を言い、山手線に乗車しました。

京都に戻った今も、あの若いカップルの温かさが幾度となく思い返されます。彼ら二人が幸せを運んでくれたのです。彼と彼女の心使いを心からうれしく思いました。ごく日常的な事柄の中にたくさんの幸せがあることをあの若いカップルが教えてくれました。

彼らに神の祝福と幸せを!
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京の和菓子  「 水無月みなづき 」
暑さのせいでしょうか、ふと、京の和菓子「みなづき」が恋しくなりました。

私どもの修道院では食事担当のシスターがいつも季節の諸行事に心を配り、それに合わせて私たちの食卓を豊かに、楽しいものにしてくれています。夕食が始まって間もなく、「みなづき」が話題に上りました。一人のシスターが「6月30日ね」と話題を続け、それをきっかけに季節ごとの食文化へと話がどんどん広がってゆきました。

京都に住んで初めてみなづきに出会った時の驚きを忘れられません。お客様が来られた時、ガラスに盛られた「みなづき」は見た目に上品で美しく、白磁の茶碗に注がれたグリーンの茶とみなづきの抑えられた味は絶妙でした。さすが京都と感心しながら味わったものです。

この「みなづき」はその昔、貴族たちが暑さを凌ごうとして氷室から氷を取り寄せ、それを口にしていたようです。しかし、庶民の手に高価な氷は届くはずもありません。それでも彼らは涼しさを求め、氷になぞらえた和菓子を作りだしました。それが「みなづき」なのだと古参のシスターが教えてくれました。

みなづきは外郎(ういろう)の上に甘く煮た小豆を盛り付けたものです。人々は三角形に切った外郎(ういろう)を氷と見立てたのです。庶民の生活を振り返って見ますと、彼らなりの楽しみ方が多々あり、知恵に満ちていて、逞しさや遊び心が伝わってくるようです。また、その昔、小豆の赤は悪魔祓い、厄除けの意味を表現していたのです。残された半年を患うことなく元気に過ごせますようにとの庶民のささやかな願いと祈りが込められているみなづきに感謝!

「みなづき」の話に夢中になっている間に、夕食の時間はほぼ終わりに近づきました。食事担当のシスター、いつもおいしい食事を感謝します。みなづきを楽しみにしています。
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紫陽花との出会い
多感な高校生の頃、紫陽花(あじさい)との出会いに何故か心がときめきました。

梅雨に入って間もない土曜日の昼下がり、友人宅に遊びに行きました。しゃれた玄関脇の中庭に無造作に咲いている紫陽花が心地良さそうに雨露に濡れています。あの風情は今も私をはっとさせるほど幻想的で、青・紫・白そしてピンクと多彩な紫陽花が陽光を浴び、幾重にも色を変えていくのです。その姿はまさに青と紫の競演とでも言えそうでした。この紫陽花が私を夢の世界へと導いてくれ、雨多い6月を好きな季節へと変えてくれたのでした。

紫陽花は好きな花のひとつではありましたが、外観の楚々とした佇まいだけを味わい、原産地やその性質・種類等の知識は皆無でした。最近読んだ紫陽花についての説明によりますと、日本の紫陽花は土壌が弱酸性であるため、青や青紫色になることが多いということ、一方、ヨーロッパなどでは雨が少なく土壌がアルカリ性のため、濃いピンクになるということです。

自分の行動範囲が広くなるにつれ、多種多様な紫陽花との出会いも多くなり、この花がますます好きになりました。この紫陽花が私に大切な一つのことを気づかせてくれました。それは、日常生活の中で案外知っているつもりで知らないこと、事物や自然、そして最も大切な人との関係さえ、充分、向き合っていなっかたということです。

「紫陽花さん、いろいろ気づかせてくれて有難う!」
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 「 お客様をお迎えする 下 」
食事を楽しんでいるみんなの顔に幸せが広がっていきます。平素使われなかった食器たちも、久しぶりにみんなに出会えて喜んでいるに違いありません。時間が経つにつれ、会話の内容も豊かになりました。故郷のこと、家族のこと、お正月やクリスマス、イースターの過ごし方その他、たくさんのことを知る機会となりました。心がオープンになり言葉の壁がなくなっていきます。心と心が触れ合い、優しさが互いの心を結びつけています。二人のお客様といろいろ分かち合えた事、時間をともに過ごせたことが何よりうれしく感じられました。

母が若いお客様に愛をもって接していたことが今も心に残っています。「年の功」とでも言うのでしょうか、お客様をもてなす母の姿には包み込むような温かさがにじみ出ていました。

かなりの時間が瞬く間に過ぎてゆきます。最後に、お客様が感謝の思いを祈りに込められ、手を合わせ微笑まれました。その瞬間、「そう、来年もまた、彼らを我が家に是非、お招きしよう」との思いがみんなの心に膨らんでいったのは言うまでもありません。

かつて、砂漠の炎天下を通り過ぎようとした旅人を呼び止め、自ら給仕してもてなすアブラハムの姿 ( 創世記18章1−8節 ) がよみがえってきます。お客様を我が家にお迎えするたびに懐かしく思い出す恵みの原風景! 

母は無言のうちに愛の多様なあり方を私たちに残してくれました。
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