シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
「私は誰か」
「私は誰か」
  ずっと以前、京都駅ちかくのホールであった、石井完一郎先生 主催の、「私は誰か」という講座に出たことがあります。単位をとる学生もまじる大人数の階段教室でした。
  私たちは、まず、会場を歩いて、できるだけたくさんの人と握手をして挨拶するように言われ、最後の人と組になってすわりました。次に、相手について「あなたは○○のように見えます。」と、10のことを伝え、次に「あなたは○○の方だとおもいます。」と判断したことを10、話すようにと言われました。私が相手に伝えたことは、彼の年齢のこと以外は合っていました。彼が私について言ったことは、20とも、すべて合っていたのですが、彼は最後に「でも、あなたはどういう方なのですか」と私に尋ねます。とまどいながら「私は修道女です。」と、言うと、「ああ、それで分かりました。」と彼は言ったのです。
  思えば、それからも私は、「私は誰か」を問いつづけてきたと思います。ナチスの強制収容所から生還したヴィクトール・フランクルはその著書に、「人は一人ひとり彼自身しか達成することかできない使命を神から与えられており、常にどう生きるかを問われている存在である。そして、どのような状況にあっても、彼自身にとって意味ある生き方を選ぶことができるのだ」と、自分の体験から書いています。キリストに倣って生きようとする修道女の私も、日々の生活の場で求められる1つひとつの事がらに、私の心の深みから真摯に応えようとするときに、私の「私は誰か」が実現していくのでしょう。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)

  ご近所からいただいて、粉のようだと思いながら蒔いたペチュニアの種が、芽生え、6月はじめに真っ白な初花を咲かせてから、7月下旬の今にいたるまで、薄いピンクの花から濃い紫までの色や形や模様のちがう花々を、手品のように繰りだして、私を驚かせてくれています。そして、最近、枯れた茎についている乾いた苞が1つ、割れて、見覚えのある小さな種がつまっているのを見つけました。
  小さなペチュニアの種を知ってから、いつも気になっていたことがあったのです。それはカラシダネについて、「…地上のどんな種よりも小さいが…」(マルコ4:31、他)という、聖書の中のイエスさまの言葉です。私の机の引き出しの種の箱のなかを探して、ずっと以前にもらった小さなビニール袋に入っているカラシダネの種を見つけだしました。その種はペチュニアの種よりずっとずっと小さい、あるかなしの小ささです。
  「神の国を何にたとえようか。それはカラシダネのようなものである。土に蒔くときは、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」と、神の国は神の恵みと愛の連帯によって実現するのだと、イエスさまは説いておられるのだと思います。
  私の書の先生が、聖書を全部読み、カラシダネという言葉を選び、漢字で彫って、私のお祝いに下さった書におす印をもっているのですが、改めて先生に感謝しながら、私の修道生活を深めていく励ましとしたいと思います。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
ペチュニア
ペチュニア
  手術後の不安をかかえながら退院した2月末、修道院の郵便受けに私宛のうすい封筒がはいっていました。時折、花の話をするご近所の女性からで、表に「ペチュニアの種」と書いてあります。中には小さなプラスチックの袋に小さく乾いたガクが1つとヌカのような粉がほんの少し入っています。とても種とは思えません。
  1,2週間もたって、やっと蒔いてみる気になり、ありあわせの植木鉢の土のところどころに、ふりかけるように蒔いて、表面の土が乾かないように毎日、水をやりながら半信半疑でした。ところが、4月初め、土のくぼみの一カ所が青みがかってきて、いっせいに芽吹きがはじまり、やがて鉢一面がペチュニアの苗でおおわれました。すこし大きくなったものから3つの鉢に移植し、6月のはじめ、初めて純白の大きな花を咲かせ、あわいピンクから濃いピンクまでの美しい花々が毎日やさしく咲き継いでいるのです。  
  今朝、毎日新聞に、日本薬科大、薬用植物園長の船山信次氏が、「美しい花をみて、きれいと思った瞬間、花は心の薬になる」と書いておられました。このペチュニアは私にとって、ほんとうに神さまからいただいたお見舞いの花束でした。また、ビクトール・フランクルの「『信じる』ことには根拠がないが、『信じる』ことは決断であり、『信じる』ことを真実とする。」という言葉を思いめぐらす機会となりました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
「与作」
「与作」
  今年1月下旬から1カ月の入院をとおして学んだことの1つは、歌を歌い、聞くことの楽しさと歌の持つ力です。入院中のある日曜日の午後、小さな携帯ラジオのスイッチを入れると、ジェロさんが「与作」を歌うというのです。歌のなかのパーカッションもカラスの声もすべてジェロさんが自分の声で表現しているすばらしい「与作」に感動しました。
  実は、何十年も前に「与作」を聴いたことがあります。私は売布の黙想の家にいく電車の中でした。途中の駅から2人がけの私の隣の席に、小学校2年生ぐらいの男の子がすわりました。そして、どうも私の気を引きたいらしく、私にみえるように自分の胸に大きく孤を描いて十字をきるのです。次には紙を出して教会の絵を描きます。とうとう「教会に行っているの」と声をかけずにはいられなかった私に、彼はりっぱな鳥の絵もかいてくれ、「歌を歌ってあげる。」といって、「与作」を歌い始めました。車中は、思いがけなく静まり返って、余情を込めて、朗々と響く彼の歌声に聞きほれたようで、最後には拍手さえ湧きおこったのです。
  すぐ、彼が下車する駅がきて、私がお菓子をあげようとすると、「お気持ちだけで結構です。」といって、降りていきました。今思えば、彼は歌手になるレッスンの帰りだったのかも知れません。今、大勢の人々に喜びと力を与えている歌手の誰かが、彼かも知れないと思うのです。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
四旬節
四旬節
  教会は今、復活祭をむかえる前に、6週間つづく四旬節のあいだ、イエス様のご苦難とご死去をしのびます。ずっと以前、私はアーンプライヤーという、カナダの古い町で1年間すごしましたが、その年の四旬節に、教会で初めて出合った1人の老婦人から、ある日曜日の午後のお茶に招待されました。
  そのお宅の門から玄関へと向かうとき、老婦人の不自由な歩みに気づいた私に、彼女がほほ笑みながら言った「I can’t complain. I had a ball.( 私は不平を言えません。楽しい人生だったのだから。)」という言葉が、私の心に残りました。その午後、庭の景色をながめながら、気持ちよく暖められた居間で、お茶と手作りのクッキーに、楽しい語らいで、彼女は日本を遠く離れてくらす私をなぐさめてくれたのです。
  この1月に大きな手術をうけて、長い療養が予想されて不安な気持ちでいるときに、彼女のこの言葉と心遣いをおもいだしました。私たちのために苦しみを、その身に負われたイエス様を思いながら、この四旬節を意味あるものにしたいと思います。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)