シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
ペチュニア
ペチュニア
  手術後の不安をかかえながら退院した2月末、修道院の郵便受けに私宛のうすい封筒がはいっていました。時折、花の話をするご近所の女性からで、表に「ペチュニアの種」と書いてあります。中には小さなプラスチックの袋に小さく乾いたガクが1つとヌカのような粉がほんの少し入っています。とても種とは思えません。
  1,2週間もたって、やっと蒔いてみる気になり、ありあわせの植木鉢の土のところどころに、ふりかけるように蒔いて、表面の土が乾かないように毎日、水をやりながら半信半疑でした。ところが、4月初め、土のくぼみの一カ所が青みがかってきて、いっせいに芽吹きがはじまり、やがて鉢一面がペチュニアの苗でおおわれました。すこし大きくなったものから3つの鉢に移植し、6月のはじめ、初めて純白の大きな花を咲かせ、あわいピンクから濃いピンクまでの美しい花々が毎日やさしく咲き継いでいるのです。  
  今朝、毎日新聞に、日本薬科大、薬用植物園長の船山信次氏が、「美しい花をみて、きれいと思った瞬間、花は心の薬になる」と書いておられました。このペチュニアは私にとって、ほんとうに神さまからいただいたお見舞いの花束でした。また、ビクトール・フランクルの「『信じる』ことには根拠がないが、『信じる』ことは決断であり、『信じる』ことを真実とする。」という言葉を思いめぐらす機会となりました。
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「与作」
「与作」
  今年1月下旬から1カ月の入院をとおして学んだことの1つは、歌を歌い、聞くことの楽しさと歌の持つ力です。入院中のある日曜日の午後、小さな携帯ラジオのスイッチを入れると、ジェロさんが「与作」を歌うというのです。歌のなかのパーカッションもカラスの声もすべてジェロさんが自分の声で表現しているすばらしい「与作」に感動しました。
  実は、何十年も前に「与作」を聴いたことがあります。私は売布の黙想の家にいく電車の中でした。途中の駅から2人がけの私の隣の席に、小学校2年生ぐらいの男の子がすわりました。そして、どうも私の気を引きたいらしく、私にみえるように自分の胸に大きく孤を描いて十字をきるのです。次には紙を出して教会の絵を描きます。とうとう「教会に行っているの」と声をかけずにはいられなかった私に、彼はりっぱな鳥の絵もかいてくれ、「歌を歌ってあげる。」といって、「与作」を歌い始めました。車中は、思いがけなく静まり返って、余情を込めて、朗々と響く彼の歌声に聞きほれたようで、最後には拍手さえ湧きおこったのです。
  すぐ、彼が下車する駅がきて、私がお菓子をあげようとすると、「お気持ちだけで結構です。」といって、降りていきました。今思えば、彼は歌手になるレッスンの帰りだったのかも知れません。今、大勢の人々に喜びと力を与えている歌手の誰かが、彼かも知れないと思うのです。
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四旬節
四旬節
  教会は今、復活祭をむかえる前に、6週間つづく四旬節のあいだ、イエス様のご苦難とご死去をしのびます。ずっと以前、私はアーンプライヤーという、カナダの古い町で1年間すごしましたが、その年の四旬節に、教会で初めて出合った1人の老婦人から、ある日曜日の午後のお茶に招待されました。
  そのお宅の門から玄関へと向かうとき、老婦人の不自由な歩みに気づいた私に、彼女がほほ笑みながら言った「I can’t complain. I had a ball.( 私は不平を言えません。楽しい人生だったのだから。)」という言葉が、私の心に残りました。その午後、庭の景色をながめながら、気持ちよく暖められた居間で、お茶と手作りのクッキーに、楽しい語らいで、彼女は日本を遠く離れてくらす私をなぐさめてくれたのです。
  この1月に大きな手術をうけて、長い療養が予想されて不安な気持ちでいるときに、彼女のこの言葉と心遣いをおもいだしました。私たちのために苦しみを、その身に負われたイエス様を思いながら、この四旬節を意味あるものにしたいと思います。
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野崎先生
野崎先生
  入院をまじかにひかえて休んでいると、おのずと過ぎ来し方のできごとや出会った人々のことが思われます。その1つは、新卒の中学校教師として過ごした数年の思い出です。教材研究に苦しみながらも、同じく新入りの数人の仲間たちと若さを満喫した日々でした。
  責任者の野崎先生や他の先生方の目にあまることも多かったにちがいありません。ある修学旅行で山口市内を見学していたとき、1人の生徒が急性盲腸炎をおこし、緊急に手術が必要になりました。私たち2人の若い女性教師が、手術に立ち会い、その生徒の父兄の到着をまって、後から一行を追いかけることになりました。手術も無事に終わり、生徒を父兄の手にゆだねた私たちは、重い責任から解放され、思いがけない自由な夜を語りあかし、翌日、熊本の水前寺公園で一行に追いつきました。そこで、はじめて重大なミスに気づきました。旅館の支払いを忘れたのです。責任者の野崎先生はただ笑って、必要な手配をして下さったのです。
  半世紀もたった今も、先生の笑顔があたたかく私をつつんで力づけてくれるように感じます。思えば人は、気づくことなく、多くの人々の愛と赦しに包まれているので、生きることができているのでしょう。エーリッヒ・フロム(1900-1980)は「愛とは、もう一人の愛する人を作ることだ」といいました。「父よ、全ての人を1つにして下さい。」と、キリストは父なる神に祈りました。「愛する者になること」が、それを実現するのでしょう。私たちはそれを学びながら生きているのでしょう。
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「堂々と負ける」
「堂々と負ける」
  九州場所も2、3日後に千秋楽をむかえますが、この場所中に、モンゴルの力士たちの間にいさかいがあったと聞いて、残念におもいました。相撲というと私は、いつだったか、ある力士から聞いた1つの言葉をおもいだします。「『負けた時は堂々と負けなさい。』と、自分の師匠がおしえてくれた。」という言葉です。
  日常の生活のなかでも、自分の負けや弱さをすなおに認めることはむつかしく、つい弁解をしたり、責任を他人に転嫁したり、はては落ちこみ、投げやりな気持ちになったりします。この師匠は、「堂々と負ける」という言葉でこの弟子に、自分の現在の力を正直にみとめ、自分を信じて、方策を立て、向上をめざしていく真摯な姿勢をおしえたのでしょう。
  思えば、私たちは、成功からよりも失敗から、おおくを学んでいるのではないでしょうか。まず自分の弱さや失敗を正直にみとめなければ、堂々と前に進むことはできません。そして、弱さや限界のために、失敗もさけることができない人間として、今、この場を真摯に生きるほかありません。
  つい最近、ある親方がラジオの対談で、「勝った力士は謙虚に、負けた力士は潔く、礼をして感謝し、静かに去っていくのが、日本の相撲の精神だ」と話すのをききました。はじめて知ったこの相撲の精神を、私は人生にも通じるほんとうにすばらしい精神だと思ったのです。
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