シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
セントポーリア
セントポーリア
  先日、友人からセントポーリア(アフリカスミレ)の鉢をいただきました。直径7センチほどの小さな鉢に、古代紫の地に白い縁どりのある八重の花を10も咲かせ、蕾もたくさんつけています。地味なうちにもどこか華やいだこの花を眺めていて、短い間ですが、アメリカの同じコミュニテイで生活した1人のシスターのことが思い出されました。
  このシスターの趣味はセントポーリアを育てることで、愛好家グループにも属していました。セントルイスにはショーズ・ガーデンというりっぱな植物園があり、セントポーリアの大きなコンテストも催されます。シスターのグループはこの植物園で例会を開きます。私はこの同好会から、メンバーたちが例会をしている間に、日本の生け花をいけて、見せてほしいと頼まれたのです。メンバーのうちに、花器や生け花の道具と広い庭で育てた花材を売る店をもつ人がいて、店のものは何でも使っていいし、根元から切り取るという条件で庭の花材をなんでも切ってよいと言われ、私は思いのままに、10鉢もの生け花を紹介できたのです。ちなみに、この同好会に招かれる講師のお礼は、1回が25ドルだそうで、2回小さな花展をした私は合計50ドルいただいたのです。
  去年、セントルイスのケアーハウスに住むこのシスターを見舞うことができたのですが、2人ともセントポーリアのことも私の小さな花展のことも思い出しませんでした。けれども、この花によってもたらされた絆と喜びは、今も私たちの中に生きています。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
時計店
時計店
  2,3日前から、私の小さな時計が動かなくなっていました。電池が切れたのかもしれません。教会や修道院で、クラスやお話をするときに、手の中にもっていて、時間を計るのに使っているので、どこかで早くみてもらいたいと思いながら歩いていると、思いがけず、私のすぐそばに1軒の時計店があるのに気づきました。私はすぐに戸を開けていました。
  あたたかい声にむかえられた店内には、長いカウンタ−の前のせまい通路に、数脚の椅子が座布団をおいて人待ち顔にならんでいて、私はしぜんにその1脚に腰かけていました。私の手から時計を受け取った女主人は、広い仕事部屋の奥にある広い机の向こうがわに正座して、私の時計のフタを開け、「やっぱり電池が切れています。2年前に入れかえたのですね。フタの裏に記録がありますよ。」といいました。「時計屋さんしか見られない記録なのですね。」と、私がいうと、「そうですよ。」と、答える彼女の声には微笑んでいる気配がありました。
  カウンターのそばのガラスケースには、新しい時計もならべられていましたが、店は修理を専門にしているようです。店内のここかしこに、なつかしい品々が飾られているようでしたが、ゆっくりと眺めるひまもなく電池の入れかえは終わって、女主人のあたたかな声に送られて、店を後にしたのでした。まるで、つかの間、故郷を訪ねたような思いが残りました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
花ばさみ
花ばさみ
  花ばさみを使おうとおもって、いつもしまってある机の引き出しを開けましたが、みあたりません。たしかに、2,3日まえに使った覚えがあります。修道院の庭に秋をつげて、楚々と咲き始めた白花シュウメイギクを切って、お客を迎えるために、客間に生けたのです。その客間も、ほかの心あたりのところもすべて調べたのですが、どこにも見当たりません。いよいよ最後の手段は、一緒に住んでいるシスターたちに、どこかで見かけなかったか、尋ねてみる以外にないとおもいはじめました。
  そして、私の部屋の椅子にすわって、ぼんやりとガラス戸の外をながめていました。小さなベランダと秋空を横にさえぎるベランダの手すりが陽にかがやいています。ふと、何か1つ、黒いものが、そこに載っているのに気がつきました。私の花ばさみでした。
  このベランダには1度でてみたのです。物事は少し離れて、視野をひろげて全体をみなければ、大切なものを見おとしてしまうのだと、あらためて学んだのでした。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
「心の中の天使」
「心の中の天使」
  大型の21号台風がきた朝、私は通っている病院でのリハビリの予約がありました。京都市内のすべての学校もお休みになり、デパートさえも閉まり、ラジオもテレビも、早くから外出をひかえるようにと告げています。朝、まだ雨も風もなく、地下鉄もいつも通りに動いているとのこと。私は迷ったすえ、リハビリに行くことにしました。地下鉄もエレベーターもバスもリハビリも、順調で、いつもより早く終わったのです。
  烏丸今出川から、ほとんど乗客のいない帰りの地下鉄に乗ってほっとした私の目に、車の中ほどの天井から下げられている広告に目がとまりました。中学生らしい男の子が席の必要な女性に、「私の心の中の天使が席を譲ってあげなさいとささやいたから」と、席をゆずっている様子が描かれています。私は心がなごんで、思わず微笑んでいました。
  広告の下側には、「あなたの心の中に天使はいますか。」と、書かれています。私の心の中の天使は、私にとって、すべてが順調にはこんだこと、危険な台風が近づいている今、地下鉄やバスを動かし、病院を開くために働いて下さる全ての人々、そして、私が気づいていないけれどもお世話になっている多くの人々に感謝の心を持つようにと、ささやいてくれました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
「愛をこめたから」
「愛をこめたから」
  時おり、修道院にママといっしょに遊びにきてくれる5歳の男の子の幼稚園でも、「夕涼み会」がありました。年長さんたちの夏の年中行事とのこと。
  その日の午前中、年長さんたちは、ニンジンやジャガイモを切って、先生方といっしょに夜のごちそうのカレーライスを作りました。いよいよ夜になって、女の子たちは浴衣、男の子たちは甚平すがたで幼稚園にあつまって、皆でいっしょにカレーライスをたべ、宝さがしをし、花火をたのしみ、最後に、花かざりやレイをつけて、フラダンスをおどりました。先生たちも、パパやママたちも、おどりにくわわりました。子供たちのお気にいりは、声をあげて縄をなげるカウボーイになるところ。最後は子供たちの元気な投げキスで、広間はたのしい笑い声につつまれました。帰りの車のなかで男の子はママに「今までに食べたカレーライスのなかで、今日のが一番おいしかった。ニンジンやジャガイモを切るとき愛をこめたから」と、うちあけました。
  この世界に生まれでる全ての子供たちが、仲間たちや多くの大人たちと心の底から楽しんだ思い出を持つことができるようにと、心から祈ります。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)