シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
カラスウリ
カラスウリ
  確か、8月24日の早朝だったと思いますが、「今日の花はカラスウリ、花言葉は…」というラジオ放送を耳にしました。1,2年まえ、京都御苑の南門ちかくの生垣で、1cmほどの白い5弁の先に、10cmもの豪華なレース飾りを生垣にひろげて咲いている美しいカラスウリの花を見たことを思いだして、そろそろ赤い実をつける頃ではないかと、外出の帰りに御苑に寄ってみましたが、葉が茂っているだけでした。
  「カラスが好んで食べるので、この名がついたが、カラスがこの実を食べているところを、誰も見たことがない」というアナウンサーの言葉に、思わず笑ってしまいました。でも、確かに、カラスの黒とカラスウリの実の赤い色は、対照的で鮮やかな取り合わせだと感心したのでした。
  花言葉は確か、「手紙」と関係があるようでしたが、はっきり聞きとれなかったので、左京図書館へ行って調べてみました。花言葉は「玉づさ(結び文)」。「玉」は美称、「づさ」は「あづさ(キササゲの木)」。カラスウリの種が「結び文」の形をしており、昔の人が手紙をキササゲの枝に結んで相手にとどけ、また、この木が古くは版木として使われたことによると分かりました。
  子どものころ私は、この種を「一寸法師」を幸せにした「打ちでの小づち」の形だとおもっていました。そして、今、私が受け、また、贈る「玉づさ」は、「よき便り(イエス様の福音)」だと思ったのです。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
ジュビリーの祝い
ジュビリーの祝い
  私たちの修道会でも、誓願をたててシスターとなったあと、銀祝や金祝のお祝いがあります。私も今年で誓願後50年になるので、アメリカ、セントルイスで8月6日におこなわれた管区のジュビリーの祝いに招かれました。ところが、4月おわりに腰椎を骨折していて、3カ月後に渡米できるかどうか微妙なところでした。幸い7月末には、90%は治っているとわかったので、思いきって、コルセットをつけたまま、長旅をしたのでした。
  セントルイスでは75年、70年、60年、50年、25年のジュビリーをいわう45名のシスターたちが暖かく迎えられ、祝いの朝は、それぞれの年をしめす違った色のバラの生花のコサージを胸に、祝いの朝食を楽しみ、記念撮影をしました。ちなみに50年の私たちは濃い黄色のバラです。お祝いの中心はミサ。 1人のジュビラリアンの弟神父さまのユーモアあふれる親身な挨拶に始まり、聖書朗読、ジュビラリアン代表の振り返りのことば、管区長のお話し、シスターたち全員での誓願の更新。45人のジュビラリアンに加えて、250人ぐらいのシスターたちとお客さまでいっぱいの聖堂は、大きな喜びと感謝の祈りの歌声につつまれました。
  ミサのあとの大講堂での会食では、シスターたちがナプキンを折る係り、葡萄酒の係り、デザートの係りなど、分担なさったことが分りました。本当にジュビリーは修道会全体で、神さまに心からささげる感謝と喜びの祝いでした。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
心から
心から
  昼の暑さがまだのこる夏の夕方、私は急ぎの手紙をだしにポストへ行こうとしていました。ちょうど道をまがろうとしたとき、私の前を横切って、子供とその母親らしい女性がつづいて自転車を走らせて通り過ぎました。後に「お先に」という女性の小さな声が私の耳にのこり、女性の心遣いがやさしく伝わってくるように感じたのです。
  修道院へ帰るみちで、ご近所のご夫妻がでかけるところに出会いました。見かけるだけで、まだいちども言葉を交わしたことのない方々でしたが、目が合って、お互いに「毎日、暑いですね。」「お大事になさってくださいね」と、「暑さ」のおかげで、思いがけなく、言葉をかわすことができ、心からいたわりあえたことを、ほんとうに嬉しく思いました。
  この2つのささやかな出会いは、自分では目だけしか動かすことができなかった詩人、「瞬きの詩人」とよばれた水野源三の「有難う」という題の「物が言えない私は/ 有難うのかわりにほほえむ/ 朝から何回も微笑む/ 苦しいときにも悲しいときにも/ 心からほほえむ」という詩と、写真でみた彼の美しく澄んだ目と、さわやかな微笑みが心に浮かんできました。心の大切さを学んだ夏の1日でした。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
骨折
骨 折
  何か月かまえに、腰椎を圧迫骨折して、今、胸から腹部をおおう大きなコルセットをしています。日常の生活がいろいろと不自由なのですが、その1つは、道を歩くとき、体が前に進まないように感じることです。
  先日も、修道院に帰るみちすがら、体が前に進まないことをもどかしく感じていたとき、ふと、日ごろ親しい4歳半の男の子のことを思い出しました。つい最近、彼がママといっしょに訪ねてくれたとき、水泳教室で身につけようとしている泳ぎのフォームをやってみせてくれたのです。手はぜんぶの指をしっかりくっつけ、肘をのばし、足はひざを曲げないで、つま先までまっすぐにのばして、交互にうごかすこと。私も肘をのばし、指をつけて、空気を後ろにかき分けるようにすれば、体は前にすすむのではないかと思いついて、やってみると、手の平にかすかに風のふれる感覚があって、確かに、わずかながら体は前にすすむようです。
  「蝶々の羽ばたきが台風の進路を変えるという物理学の理論」があるそうで、対人地雷廃絶の「オタワ条約(1997年)」のキャンペーンが「バタフライ・キャンペーン」と言ったことを思いだしました。かすかな力ながらも結集すれば、よい流れを作ることができるという、このキャンペーンの、人間に対する信頼と希望が、私のこころをはずませてくれました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
ナン・スタディ(修道女 研究)
「ナン・スタディ」(修道女 研究)
  私たちノートルダム教育修道女会の、75歳以上の678名のアメリカ人シスターたちが、アルツハイマー病の解明のために協力しています。「ナン・スタディ」はその壮大な研究の名前です。
  疫学のデヴィッド・スノードン博士が、私たちのある修道院を訪れたとき、大きな文書保管室があることに気づきました。シスターたちは修道院に入るときに、かならず自叙伝を書き、入会後は同じ生活をしながら、イエス様にならって社会の人々のためにそれぞれの奉仕をしますが、その記録がすべて保管されているのです。
  協力するシスターたちは、その過去の記録を提供し、身体的、精神的評価をうけるだけでなく、死後は献脳もしてほしいという、スノードン博士の願いを勇敢にも受け入れました。これは人々に大きな驚きと感動をあたえ、タイム誌やライフ誌も「愛の贈物」としてとりあげました。
  スノードン博士は、このシスターたちとの敬意と愛にあふれる交わりを、彼の著書「エイジング・ウイズ・グレイス(Aging with Grace)」にまとめました。「神様に見守られながら、すこやかに、美しく年齢を重ねてゆく老いの理想を表現した題名」と、訳者である藤井留美さんはいっています。ちなみに日本語版の題名は「100才の美しい脳」となっています。
 人間の知識をふかめ、死後も、人々の幸せのために、アルツハイマー病の解明という現代の課題に協力をおしまない、私たちの高齢のシスターたちのなかに、創立者マザーテレジア・ゲルハルディンガーの愛と革新的な精神が生きていることを、こころから誇りに思うのです。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)