シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
四旬節
四旬節
  教会は今、復活祭をむかえる前に、6週間つづく四旬節のあいだ、イエス様のご苦難とご死去をしのびます。ずっと以前、私はアーンプライヤーという、カナダの古い町で1年間すごしましたが、その年の四旬節に、教会で初めて出合った1人の老婦人から、ある日曜日の午後のお茶に招待されました。
  そのお宅の門から玄関へと向かうとき、老婦人の不自由な歩みに気づいた私に、彼女がほほ笑みながら言った「I can’t complain. I had a ball.( 私は不平を言えません。楽しい人生だったのだから。)」という言葉が、私の心に残りました。その午後、庭の景色をながめながら、気持ちよく暖められた居間で、お茶と手作りのクッキーに、楽しい語らいで、彼女は日本を遠く離れてくらす私をなぐさめてくれたのです。
  この1月に大きな手術をうけて、長い療養が予想されて不安な気持ちでいるときに、彼女のこの言葉と心遣いをおもいだしました。私たちのために苦しみを、その身に負われたイエス様を思いながら、この四旬節を意味あるものにしたいと思います。
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野崎先生
野崎先生
  入院をまじかにひかえて休んでいると、おのずと過ぎ来し方のできごとや出会った人々のことが思われます。その1つは、新卒の中学校教師として過ごした数年の思い出です。教材研究に苦しみながらも、同じく新入りの数人の仲間たちと若さを満喫した日々でした。
  責任者の野崎先生や他の先生方の目にあまることも多かったにちがいありません。ある修学旅行で山口市内を見学していたとき、1人の生徒が急性盲腸炎をおこし、緊急に手術が必要になりました。私たち2人の若い女性教師が、手術に立ち会い、その生徒の父兄の到着をまって、後から一行を追いかけることになりました。手術も無事に終わり、生徒を父兄の手にゆだねた私たちは、重い責任から解放され、思いがけない自由な夜を語りあかし、翌日、熊本の水前寺公園で一行に追いつきました。そこで、はじめて重大なミスに気づきました。旅館の支払いを忘れたのです。責任者の野崎先生はただ笑って、必要な手配をして下さったのです。
  半世紀もたった今も、先生の笑顔があたたかく私をつつんで力づけてくれるように感じます。思えば人は、気づくことなく、多くの人々の愛と赦しに包まれているので、生きることができているのでしょう。エーリッヒ・フロム(1900-1980)は「愛とは、もう一人の愛する人を作ることだ」といいました。「父よ、全ての人を1つにして下さい。」と、キリストは父なる神に祈りました。「愛する者になること」が、それを実現するのでしょう。私たちはそれを学びながら生きているのでしょう。
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「堂々と負ける」
「堂々と負ける」
  九州場所も2、3日後に千秋楽をむかえますが、この場所中に、モンゴルの力士たちの間にいさかいがあったと聞いて、残念におもいました。相撲というと私は、いつだったか、ある力士から聞いた1つの言葉をおもいだします。「『負けた時は堂々と負けなさい。』と、自分の師匠がおしえてくれた。」という言葉です。
  日常の生活のなかでも、自分の負けや弱さをすなおに認めることはむつかしく、つい弁解をしたり、責任を他人に転嫁したり、はては落ちこみ、投げやりな気持ちになったりします。この師匠は、「堂々と負ける」という言葉でこの弟子に、自分の現在の力を正直にみとめ、自分を信じて、方策を立て、向上をめざしていく真摯な姿勢をおしえたのでしょう。
  思えば、私たちは、成功からよりも失敗から、おおくを学んでいるのではないでしょうか。まず自分の弱さや失敗を正直にみとめなければ、堂々と前に進むことはできません。そして、弱さや限界のために、失敗もさけることができない人間として、今、この場を真摯に生きるほかありません。
  つい最近、ある親方がラジオの対談で、「勝った力士は謙虚に、負けた力士は潔く、礼をして感謝し、静かに去っていくのが、日本の相撲の精神だ」と話すのをききました。はじめて知ったこの相撲の精神を、私は人生にも通じるほんとうにすばらしい精神だと思ったのです。
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ミルクウィード(milkweed)
ミルクウィード(milkweed)
  今年8月、金祝の行事のために、アメリカ、セントルイスの修道院で2週間、すごしました。ある日、1人のアメリカ人の友人が、モナーク(Monarch)蝶のために、自分の家で育て、友人にも分けようとしているミルクウィードの苗床を見せてくれました。
  そして、思いがけなく、「バタフライハウス」でビデオをみる機会もあって、いつかテレビで見たメキシコの森林地帯の木々を覆っていた無数の蝶が、モナーク蝶(オオカバマダラ)だとしりました。オレンジ色の地に黒点をもつ、開帳10センチにもなる美しい北米原産の蝶で、4代目の個体だけが秋にメキシコへ大移動して、このように越冬し、春に戻って来て、北米に17種もある食草のミルクウィードに卵を産んで命を終えるという不思議な習性の蝶だとしりました。近年、草原がすくなくなり、この蝶の食草が減ったせいか、絶滅が危惧されているのです。
  帰国して、辞書から、ミルクウィードとは「ガガイモ」、茎をおると白い汁がでることから、この名があるとわかりました。若いころ通勤の道で、つる性の「ガガイモ」を見、実を摘んだことを思いだしました。サヤ状の実の中に絹糸のような糸がつまっていて、以前は印肉の素材として使われたと、私の絵の先生が話してくれたのでした。
  金祝のお祝いにいただいた来年のカレンダーの表紙のデザインが、ちょうど、種のついたこの「ガガイモ」の繊細な糸です。これからの1年、自然の奥深さ、自然と人との関わりの深さ、人と人との関係のなつかしさに心を留めたいと思います。
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カラスウリ
カラスウリ
  確か、8月24日の早朝だったと思いますが、「今日の花はカラスウリ、花言葉は…」というラジオ放送を耳にしました。1,2年まえ、京都御苑の南門ちかくの生垣で、1cmほどの白い5弁の先に、10cmもの豪華なレース飾りを生垣にひろげて咲いている美しいカラスウリの花を見たことを思いだして、そろそろ赤い実をつける頃ではないかと、外出の帰りに御苑に寄ってみましたが、葉が茂っているだけでした。
  「カラスが好んで食べるので、この名がついたが、カラスがこの実を食べているところを、誰も見たことがない」というアナウンサーの言葉に、思わず笑ってしまいました。でも、確かに、カラスの黒とカラスウリの実の赤い色は、対照的で鮮やかな取り合わせだと感心したのでした。
  花言葉は確か、「手紙」と関係があるようでしたが、はっきり聞きとれなかったので、左京図書館へ行って調べてみました。花言葉は「玉づさ(結び文)」。「玉」は美称、「づさ」は「あづさ(キササゲの木)」。カラスウリの種が「結び文」の形をしており、昔の人が手紙をキササゲの枝に結んで相手にとどけ、また、この木が古くは版木として使われたことによると分かりました。
  子どものころ私は、この種を「一寸法師」を幸せにした「打ちでの小づち」の形だとおもっていました。そして、今、私が受け、また、贈る「玉づさ」は、「よき便り(イエス様の福音)」だと思ったのです。
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