シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
責任
責 任
  3月下旬に、セントルイスでの会議に出席するため、関空を発って、ロサンジェルスの空港にきていました。ゲートで5時間待ち、セントルイス行きの飛行機に乗り継ぐことになっていたのです。体調の関係から車いすをお願いして、ゲートまで案内していただき、搭乗の時に、また来てくださることになっていました。
  本を読んだり、思いがけない出会いをよろこんだりしながら、大勢のひとびとがゲートにあふれ、やがて搭乗口から去ってゆくさまを、まるで潮の満ち引きのようだと感じているうちに、どうもあたりの様子がおかしいと気づきました。だれもいなくなったゲートに私一人が取り残されていたのです。近くの小さなオフィスに行って、私が乗り継ぐはずの飛行機は、ゲートを変えて、すでに飛び立った後だとわかりました。私はゲート変更も知らず、約束の車いすも迎えに来なかったのです。それからさらに5時間待って、東海岸ちかくの州にあるというシャーロット空港を迂回して、翌朝セントルイスに着くことになりました。
  広大な夜の空に、アメリカ大陸を横断する飛行機の中で、絶え間なく変化してゆく、計り知れない大きな枠組みのなかに、自分はいるのだと感じました。今回、放送がなくても、車いすが来なくても、私はもっと注意深くあることができたでしょう。うまく表現できませんが、神に信頼しながら、もっと前向きであることが、この大きな枠組みの中で生きている自分自身にたいする自分の誠実さ、責任なのだと学んだのでした。
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「やってみる」
「やってみる」
  買い物をおえて、北大路通りへ出たとき、すこし向こうに見える停留所から、修道院へ帰るために乗らなければならない北┐離丱垢やってくる時間だと気がつきました。何人かの人々がバス停でまっているようです。バスの姿はまだ見えません。できれば、30分に1本しかないこのバスに乗りたいものだと思い、急いで歩き始めた時、向こうからやってくるバスの姿が見えました。バス停まではかなりあります。私は走ってみることにしました。早くは走れないので、間に合わないかもしれません。それでもいいのです。やってみたということだけで、私の心はさわやかでしょう。そして、幸いなことに、乗車する人たちの列の最後に、私も、このバスに乗ることができたのです。
  数日後、知人が著者不明の詩のような言葉を、フェイスブックに紹介してくれました。
「『It's impossible,/ said pride.』(『そんなこと、不可能だ、』とプライドは言った。)
『It's risky, / said experience.』(『そんなこと、危険だ、』と経験は言った。)
『It's pointless, / said reason.』(『そんなこと、無意味だ、』と理性は言った。)
『Give it a try, / whispered the heart.』(『やってごらん、』と心はささやいた。)」
私は嬉しくなりました。
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視 野
視 野
  今朝、ゴミの収集場所に、もう一人のシスターと一緒にゴミの袋をはこびました。収集場所は修道院のそばをながれる泉川にかかる小さな橋の上です。袋に網をかけていると、そのシスターが独り言のように「クレソンかしら?」と、言ったようでした。私が目をあげると2メートル幅の浅く澄んだ流れの端をせっせと啄んでいる鳥のつがいの姿がみえました。「なんという鳥だったかしら?」と、私はつぶやいていました。
  「私はそこに生えている草のことを言ったのよ」と、そのシスターは言いました。立ってみると、私には見えなかったところに、緑の草のおおきな茂みがありました。私の視野には、鳥の姿しかなかったのです。「人は立つところによって、見えるものがこれだけ違うのね。」「人は違うものを見ているのね。」と、私たちは驚きながら、言い合いました。このできごとは私にとって単純で、強烈な体験でしたが、社会の中で人が互いに理解し合って生きるための大切な学びだったと思いました。
  その日、ふと、「青空の鳥にはなれず梅の花」という、友人の俳句がこころにうかんできました。人には限界があるけれども、美しく移りゆく自然のなかで、やさしく人の心に寄りそう豊かさを育てることができるのだと、この句は教えてくれているように感じたのです。
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「なおみチーム」
「なおみチーム」
  昨年、テニスの全米オープンで初優勝した 大坂なおみが、4大大会の第1戦である全豪オープンに連勝して、世界ランキングでアジア初のシングルス1位に輝いたという明るいニュースに、今、日本中が喜びにわいています。
  私も試合後にあった熱気あふれる会場での表彰式をテレビで見ることができました。対戦相手のぺトラ・グピトアも大坂なおみもそれぞれ心をうつ挨拶をしたのですが、二人ともが感謝を述べた「チーム」の人々という言葉が心にとまりました。翌朝の新聞をよんで、環境面をととのえ、技術面や精神面を指導する国内外のコーチやトレーナーのグループのことだと知りました。「『よりよくしたい』というチーム全体の努力、そして、それを受け入れる大坂選手のおかげでこの快進撃があった」というコーチの1人のサーシャ・バイン氏の言葉が紹介され、支える力と生かす力が1つになってあの快挙となったのだとわかりました。
  人はだれも一人で生きてゆくことはできません。思えば、人は皆、いろいろな形で、一人ひとり、サポートされ、また、自分もサポートとする人々のいくつもの輪の中にいて、互いに、よりよく生きようとしているのではないでしょうか。私をサポートしてくださる多くの人々を思い起こし、感謝し、私も他の人々をサポートする力を新たにいただく機会となりました。
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ある映像
ある映像
  最近、通りがかりに思いがけず目にとまったテレビの映像が、あざやかに私の心に残っています。雪の降りつもった真っ白な広く急な傾面を白熊の親子が登っています。と、生後何か月なのでしょうか、幼い子熊が足をすべらせました。どうにか止まることができ、登りはじめるのですが、何度もなんども滑り落ちてしまうのです。頂上まで登りついた母熊は、じっと立って、子熊が登ってくるのを待っているようです。子熊がやっと登りついて、母熊とならんでしずかに去っていく後姿を、私は感動しながら見送りました。映像はロシアのマガタン州で撮られ、子熊は6回もすべり落ちたという字幕が画面に流れました。
  きびしい自然のなかを生きる親子の熊の愛の絆、子熊の果敢な挑戦、それを応援するように写してゆく写真家のこころ、画面を感動しながら祈るように見守る人々、全てのものは愛によって結ばれ、神のふかい摂理とやさしさにつつまれて存在しているのだという思いにみたされて、見おわった私の心は安らかでした。
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