シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
「なおみチーム」
「なおみチーム」
  昨年、テニスの全米オープンで初優勝した 大坂なおみが、4大大会の第1戦である全豪オープンに連勝して、世界ランキングでアジア初のシングルス1位に輝いたという明るいニュースに、今、日本中が喜びにわいています。
  私も試合後にあった熱気あふれる会場での表彰式をテレビで見ることができました。対戦相手のぺトラ・グピトアも大坂なおみもそれぞれ心をうつ挨拶をしたのですが、二人ともが感謝を述べた「チーム」の人々という言葉が心にとまりました。翌朝の新聞をよんで、環境面をととのえ、技術面や精神面を指導する国内外のコーチやトレーナーのグループのことだと知りました。「『よりよくしたい』というチーム全体の努力、そして、それを受け入れる大坂選手のおかげでこの快進撃があった」というコーチの1人のサーシャ・バイン氏の言葉が紹介され、支える力と生かす力が1つになってあの快挙となったのだとわかりました。
  人はだれも一人で生きてゆくことはできません。思えば、人は皆、いろいろな形で、一人ひとり、サポートされ、また、自分もサポートとする人々のいくつもの輪の中にいて、互いに、よりよく生きようとしているのではないでしょうか。私をサポートしてくださる多くの人々を思い起こし、感謝し、私も他の人々をサポートする力を新たにいただく機会となりました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
ある映像
ある映像
  最近、通りがかりに思いがけず目にとまったテレビの映像が、あざやかに私の心に残っています。雪の降りつもった真っ白な広く急な傾面を白熊の親子が登っています。と、生後何か月なのでしょうか、幼い子熊が足をすべらせました。どうにか止まることができ、登りはじめるのですが、何度もなんども滑り落ちてしまうのです。頂上まで登りついた母熊は、じっと立って、子熊が登ってくるのを待っているようです。子熊がやっと登りついて、母熊とならんでしずかに去っていく後姿を、私は感動しながら見送りました。映像はロシアのマガタン州で撮られ、子熊は6回もすべり落ちたという字幕が画面に流れました。
  きびしい自然のなかを生きる親子の熊の愛の絆、子熊の果敢な挑戦、それを応援するように写してゆく写真家のこころ、画面を感動しながら祈るように見守る人々、全てのものは愛によって結ばれ、神のふかい摂理とやさしさにつつまれて存在しているのだという思いにみたされて、見おわった私の心は安らかでした。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
セントポーリア
セントポーリア
  先日、友人からセントポーリア(アフリカスミレ)の鉢をいただきました。直径7センチほどの小さな鉢に、古代紫の地に白い縁どりのある八重の花を10も咲かせ、蕾もたくさんつけています。地味なうちにもどこか華やいだこの花を眺めていて、短い間ですが、アメリカの同じコミュニテイで生活した1人のシスターのことが思い出されました。
  このシスターの趣味はセントポーリアを育てることで、愛好家グループにも属していました。セントルイスにはショーズ・ガーデンというりっぱな植物園があり、セントポーリアの大きなコンテストも催されます。シスターのグループはこの植物園で例会を開きます。私はこの同好会から、メンバーたちが例会をしている間に、日本の生け花をいけて、見せてほしいと頼まれたのです。メンバーのうちに、花器や生け花の道具と広い庭で育てた花材を売る店をもつ人がいて、店のものは何でも使っていいし、根元から切り取るという条件で庭の花材をなんでも切ってよいと言われ、私は思いのままに、10鉢もの生け花を紹介できたのです。ちなみに、この同好会に招かれる講師のお礼は、1回が25ドルだそうで、2回小さな花展をした私は合計50ドルいただいたのです。
  去年、セントルイスのケアーハウスに住むこのシスターを見舞うことができたのですが、2人ともセントポーリアのことも私の小さな花展のことも思い出しませんでした。けれども、この花によってもたらされた絆と喜びは、今も私たちの中に生きています。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
時計店
時計店
  2,3日前から、私の小さな時計が動かなくなっていました。電池が切れたのかもしれません。教会や修道院で、クラスやお話をするときに、手の中にもっていて、時間を計るのに使っているので、どこかで早くみてもらいたいと思いながら歩いていると、思いがけず、私のすぐそばに1軒の時計店があるのに気づきました。私はすぐに戸を開けていました。
  あたたかい声にむかえられた店内には、長いカウンタ−の前のせまい通路に、数脚の椅子が座布団をおいて人待ち顔にならんでいて、私はしぜんにその1脚に腰かけていました。私の手から時計を受け取った女主人は、広い仕事部屋の奥にある広い机の向こうがわに正座して、私の時計のフタを開け、「やっぱり電池が切れています。2年前に入れかえたのですね。フタの裏に記録がありますよ。」といいました。「時計屋さんしか見られない記録なのですね。」と、私がいうと、「そうですよ。」と、答える彼女の声には微笑んでいる気配がありました。
  カウンターのそばのガラスケースには、新しい時計もならべられていましたが、店は修理を専門にしているようです。店内のここかしこに、なつかしい品々が飾られているようでしたが、ゆっくりと眺めるひまもなく電池の入れかえは終わって、女主人のあたたかな声に送られて、店を後にしたのでした。まるで、つかの間、故郷を訪ねたような思いが残りました。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
花ばさみ
花ばさみ
  花ばさみを使おうとおもって、いつもしまってある机の引き出しを開けましたが、みあたりません。たしかに、2,3日まえに使った覚えがあります。修道院の庭に秋をつげて、楚々と咲き始めた白花シュウメイギクを切って、お客を迎えるために、客間に生けたのです。その客間も、ほかの心あたりのところもすべて調べたのですが、どこにも見当たりません。いよいよ最後の手段は、一緒に住んでいるシスターたちに、どこかで見かけなかったか、尋ねてみる以外にないとおもいはじめました。
  そして、私の部屋の椅子にすわって、ぼんやりとガラス戸の外をながめていました。小さなベランダと秋空を横にさえぎるベランダの手すりが陽にかがやいています。ふと、何か1つ、黒いものが、そこに載っているのに気がつきました。私の花ばさみでした。
  このベランダには1度でてみたのです。物事は少し離れて、視野をひろげて全体をみなければ、大切なものを見おとしてしまうのだと、あらためて学んだのでした。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)