シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。

  ご近所からいただいて、粉のようだと思いながら蒔いたペチュニアの種が、芽生え、6月はじめに真っ白な初花を咲かせてから、7月下旬の今にいたるまで、薄いピンクの花から濃い紫までの色や形や模様のちがう花々を、手品のように繰りだして、私を驚かせてくれています。そして、最近、枯れた茎についている乾いた苞が1つ、割れて、見覚えのある小さな種がつまっているのを見つけました。
  小さなペチュニアの種を知ってから、いつも気になっていたことがあったのです。それはカラシダネについて、「…地上のどんな種よりも小さいが…」(マルコ4:31、他)という、聖書の中のイエスさまの言葉です。私の机の引き出しの種の箱のなかを探して、ずっと以前にもらった小さなビニール袋に入っているカラシダネの種を見つけだしました。その種はペチュニアの種よりずっとずっと小さい、あるかなしの小ささです。
  「神の国を何にたとえようか。それはカラシダネのようなものである。土に蒔くときは、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」と、神の国は神の恵みと愛の連帯によって実現するのだと、イエスさまは説いておられるのだと思います。
  私の書の先生が、聖書を全部読み、カラシダネという言葉を選び、漢字で彫って、私のお祝いに下さった書におす印をもっているのですが、改めて先生に感謝しながら、私の修道生活を深めていく励ましとしたいと思います。
シスタールース森 : comments (x) : trackback (x)
英語との出会い  「卵エピソード 下」
クリストファ・コロンブスは1492年「西回り航路でアメリカを発見」と紹介されています。

中学一年の英語の時間に習った「コロンブスの卵」は今も強烈に私の脳裏に刻み込まれています。英語の授業で“No one can do it”「誰もそれをすることはできません。」のフレーズを教わり、数十年経った今も鮮明に私の記憶の宝庫に収められています。

コロンブスがスペインに戻って祝賀会が開かれた時の光景が思い出されます。一人の貴族が「西へ航海することは誰にでも出来る」と言い、彼の業績を素直に喜べないその貴族のあり方に幼いながらも疑問を感じました。科学技術が十分でなかった当時、大海原を航海する危険性は火を見るより明かです。祝賀会でコロンブスは会衆に向かって質問します。「誰か、この卵を立ててみてください。」一瞬沈黙が走ります。みんな必死に卵を立てようとしますが、結局誰も出来なかったのです。その時の彼の言葉が「No one can do it」だったのです。多感だった私はそれを深く味わい忘れることが出来ませんでした。

幸運にもコロンブスの映画がその頃、上演されていました。この場の雰囲気を中学生の私は好奇の眼で観察していました。「実にえらい!本当にえらい!」と大人たちはどうして言えなかったのでしょうか。コロンブスは卵を取り、やおら「こつこつ」と卵の底をたたきました。卵は立ったのです。誰かがやった後であれば誰でも出来ますが、最初にそれを思いつくのは何と難しいことでしょう。人間の嫉妬心がむき出しになっています。英語を通して私は人生の複雑さを中学生なりに体験し、他者をほめる心の姿勢を持ちたいと思ったものです。幼い頃の記憶は強烈と先人たちは力説しますがそれは本当でした。

神様が私に下さった知的好奇心はいつも、「努力すれば可能となる」という自負心を燃え続けさせました。努力することは工夫にも繋がります。沢山の試行錯誤をしている内にノウハウも生まれます。体験すること、失敗することも人生を歩むプロセスの一つだと思うと楽しみが倍加します。
シスタージョアンナ徐 : comments (x) : trackback (x)