シスターの散歩道

このブログはノートルダム修道女会のシスターが日々の気付きを綴るブログです。
叱り方と愛のぬくもり
弟が神妙な顔つきで母の前に正座しています。

母は温厚な人で、大声を出したり、感情をむき出しにすることは決してありませんでした。その彼女が、今日は幼い弟に向かって何か神妙な面持ちで話をしています。何事だろうと思って私はその二人に近づきました。度を越したいたずらをしたらしいのです。その場に私も加わり、彼の悪さをいくつか挙げ、幼い弟を窮地に追いやってしまいました。弁明することも出来ず弟は頭を下げ、しょげきっていました。しばらくして彼は母の許しを得ることができました。いつもの元気良さを取り戻し、嬉しそうに友達のもとに走っていきました。母から叱られたことなど微塵も感じさせない天真爛漫な元気のいい弟に戻っていたのです。

私と母だけがその部屋に残りました。一息ついたその時、母は私に向かって話しかけました。「私が叱っているときは、あなたが彼をサポートしてほしかったの。小さい弟が私に怒られ泣いているのに、あなたが追いうちをかけたら、彼は弁明も出来ないでしょ?あなたがそばで彼を庇ってほしかったの。」と言いました。今、それを思いますと本当に自分の至らなさが恥ずかしくなります。姉として幼い彼に心から寄り添うことができなかったのですから。

長い人生の坂道を登りながら、その母の温かさと思慮深さに圧倒されます。母の叱り方やちょっとしたしぐさには愛のぬくもり、そして安らぎが見え隠れしていました。

カトリック教会では11月を死者の月と定めています。すでに旅立って逝った両親を偲び、誰にでも温かさと尊敬をもって接するという遺訓を大切にしたいと心に固く誓いました。
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セントポーリア
セントポーリア
  先日、友人からセントポーリア(アフリカスミレ)の鉢をいただきました。直径7センチほどの小さな鉢に、古代紫の地に白い縁どりのある八重の花を10も咲かせ、蕾もたくさんつけています。地味なうちにもどこか華やいだこの花を眺めていて、短い間ですが、アメリカの同じコミュニテイで生活した1人のシスターのことが思い出されました。
  このシスターの趣味はセントポーリアを育てることで、愛好家グループにも属していました。セントルイスにはショーズ・ガーデンというりっぱな植物園があり、セントポーリアの大きなコンテストも催されます。シスターのグループはこの植物園で例会を開きます。私はこの同好会から、メンバーたちが例会をしている間に、日本の生け花をいけて、見せてほしいと頼まれたのです。メンバーのうちに、花器や生け花の道具と広い庭で育てた花材を売る店をもつ人がいて、店のものは何でも使っていいし、根元から切り取るという条件で庭の花材をなんでも切ってよいと言われ、私は思いのままに、10鉢もの生け花を紹介できたのです。ちなみに、この同好会に招かれる講師のお礼は、1回が25ドルだそうで、2回小さな花展をした私は合計50ドルいただいたのです。
  去年、セントルイスのケアーハウスに住むこのシスターを見舞うことができたのですが、2人ともセントポーリアのことも私の小さな花展のことも思い出しませんでした。けれども、この花によってもたらされた絆と喜びは、今も私たちの中に生きています。
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心の化粧水  その2
その彼が「いつも笑顔でいてください。時には顔の筋肉を動かしたり、微笑む練習をすれば美しくなれますよ。神と人とを心から愛するのです。」とおっしゃいました。ところがその彼のごく平凡で日常的な話がこれほどまでに人をリラックスさせ、早朝からミサに集められた人々を虜にしたのは彼自身の柔和なたたずまいとあたたかさだったのです。愛と微笑みは私たちに「幸せと健康」を運んできます。

聖なるミサ聖祭が終わった後、彼に挨拶しました。「シスター、ずいぶん長い間、外国にいたのですね。韓国語が少しおかしくなってきたようです。」 私は「日本で生まれました。旅人です。神父様、今朝のお話、とても心惹かれました。原稿をいただけませんか。」彼は笑顔で「ほんのサマリーですよ」とおっしゃり2枚の原稿をくださいました。

その翌日はトラピスト修道司祭の最後のミサです。ミサの後、別れと感謝の挨拶をしました。彼はその私に「シスター、今日も必要でしょう?」とおっしゃりさりげなく原稿をくださいました。私の貧しい韓国語理解を察してか、6ページにわたるわかりやすい原稿をこの私のために準備してくださったのです。彼のやさしさが有難く何度も読み返し、今も両手を合わせたくなります。彼との出会いは神からの思いもよらないプレゼントでした。
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心の化粧  その1
「 心の化粧水 その1 」

9月初旬、百済文化と日本文化との接点を求め、韓国全羅北道イクサン市を訪ねました。

百済最後の王宮・弥勒寺を含む世界遺産探訪の日々を過ごし始めた時のことです。特に2日間のトラピストの修道司祭によるミサは私の魂に深い平和と感動を刻みました。その司祭が聖堂に入場しさわやかな挨拶をされました。説教が始まるにつれ、人々は彼の話にぐいぐい引き寄せられていくのが感じられます。どの顔にも幸せが広がっていきます。

彼は、とある美容院での体験を紹介されました。90歳半ばを過ぎた彼の母上は肌が本当に美しく、つやつやしておられたようです。美容院に母上をお連れした時のこと、美容師さんが彼に「どうしてこんなにお母様のお肌はお美しいのですか」と質問したそうです。「化粧水をたっぷりつけているようです。私は化粧品会社の社長です。」と話されたそうです。茶目っ気たっぷりのトラピスト修道司祭と美容師さんのやり取りに私たちは笑いの渦に巻き込まれました。格子越しで、はっきりとは見えませんが聖クララ観想修道院のシスター方も笑っておられるのが感じられました。美容院の方が「その化粧水の名前は何ですか。」種々の質問があったようです。ミサに預かった人々の表情が明るく開放されたような雰囲気になりました。「何という化粧水か教えてください…………… 」
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時計店
時計店
  2,3日前から、私の小さな時計が動かなくなっていました。電池が切れたのかもしれません。教会や修道院で、クラスやお話をするときに、手の中にもっていて、時間を計るのに使っているので、どこかで早くみてもらいたいと思いながら歩いていると、思いがけず、私のすぐそばに1軒の時計店があるのに気づきました。私はすぐに戸を開けていました。
  あたたかい声にむかえられた店内には、長いカウンタ−の前のせまい通路に、数脚の椅子が座布団をおいて人待ち顔にならんでいて、私はしぜんにその1脚に腰かけていました。私の手から時計を受け取った女主人は、広い仕事部屋の奥にある広い机の向こうがわに正座して、私の時計のフタを開け、「やっぱり電池が切れています。2年前に入れかえたのですね。フタの裏に記録がありますよ。」といいました。「時計屋さんしか見られない記録なのですね。」と、私がいうと、「そうですよ。」と、答える彼女の声には微笑んでいる気配がありました。
  カウンターのそばのガラスケースには、新しい時計もならべられていましたが、店は修理を専門にしているようです。店内のここかしこに、なつかしい品々が飾られているようでしたが、ゆっくりと眺めるひまもなく電池の入れかえは終わって、女主人のあたたかな声に送られて、店を後にしたのでした。まるで、つかの間、故郷を訪ねたような思いが残りました。
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